科学は宗教である
政治や宗教について公の場で言及するのは禁忌で、一般的にはあまり自分の意見を述べない方がよいとされています。しかし、タブーだからとよく知らないのに遠ざけてしまい、かえって偏った考えを持ってしまってもいけません。
私は、仏教でもキリスト教でもよいので宗教教育を受けさせたいという父親の意向で、幼稚園からカトリック系の学校に通っていました。その後、修道会は別ですが、小学校・中学高等学校もカトリックでした。強制的に押し付けられたわけではなく、自然と宗教に親しんでいたので、私は、宗教というのは近寄りがたく難しいものではなく、身近なものだと考えています。
もし、自分が何もかも無くしてしまったとしたら、私は教会に行きます。きっと神父様やシスターが助けて下さる。そんな心の支えが、宗教なのではないかと思います。
さて、現代では、科学が絶対的なもので、何でも科学で説明がつくと考えられています。幼い頃恐れていた幽霊も聖書に書かれた奇跡も、大人になれば、科学で説明がつかないので存在しないと考えます。
でも本当にそうでしょうか?
私は幽霊の存在は信じませんが、この世の中のすべてが科学で説明できるわけではありません。だって我々が、この大きな宇宙について知っていることはごく一部です。大部分については分かっていません。人体についてさえ、不思議なことがいっぱいあります。現在の科学で説明はつかないけれど、確かにこの世の中に存在することがたくさんあるのです。
そう、科学というのは、現在の人間の知識や経験に基づき、確からしいと信じている知見ですが、絶対的なものではない。今は誰もが知っている地動説だって、当時の科学では説明がつかなかったのですから。
極端な言い方をすれば、科学も一つの宗教といえるのかもしれません。論理的な思考はとても大事ですが、科学を盲信してはいけません。
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コメント
政治や宗教について公の場で言及するのは禁忌で、一般的にはあまり自分の意見を述べない方がよいとされています。
私もそう思いますが、、、(笑)
私は特に宗教と接して生きてきたわけではありませんが
死んだら「無」だと思っていた私が、その「無」と思う自分はどこに行くか考えた時に「神」と言う方を信じてみてもいいかなと。。。
そして「バプテスト」と言うものに共感しています。
仕事が、土日なので礼拝や勉強会等に行けませんが、、、
科学的に全てが説明出来たなら同じ茎から出ている花の一つ一つが違う事は、
違う物を作る様になっていたとしても、その一つ一つがそのようになる事がまさに奇跡で、尊い物だと思います。
投稿 akio,s | 2008年3月 5日 (水) 18時32分