« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月

2008年8月27日 (水)

サルと人と美しい花

 先日、エコのイベントで、「サルと人と美しい花」と題し、こんな話をしました。
 サルは花に興味がない。京都大学の先生によると、ほ乳類の中で花に関心を示すのは人間だけだそうです。サルは、食用となる葉や茎や根には飛びつきますが、食べられない花には見向きもしない。そう考えると、人間が花に興味を持つというのは実は不思議な現象。美しい花、美しい音楽、美しい絵画、美しい地球…。これら美しいものたちを後世にしっかり伝えていきたいものだ、と。
 この話を、先日、地元京都のKBSラジオでしたところ、ご親切な聴取者の方から、「サルは、花も食べるんですよ」と、お電話を頂きました。「桜や百合、菊などの花はサルは寄り付きます。きっと花の蜜を吸っているのでしょうね。傍目には花を食べているように見えます」とのこと。
 お電話の後、子どものころ、わが家の庭に咲いたツツジの甘い蜜を妹弟と競い合うように吸ったことを思い出しました。なるほど、これらの花は、美しいだけでなく、私たちの喉を潤してくれます。
 お尻の赤い1匹のおサルさんが、嬉しそうに百合の花の蜜を吸っている様子が目に浮かびます。

| | コメント (2)

2008年8月20日 (水)

嬉しい報告

 友人であるSMAP×SMAPのディレクターさんから、嬉しい報告を受けました。
 「あの時のお花、わざわざ私のために、いけて下さったんですよね。」
 先日、6年ぶりに出演された中島美嘉さんから、そうお声がけ頂いたとのこと。
 あれは2002年の秋のことでした。きっかけは、そのディレクターさんのこんなひと言。
 「テレビでいけばなを見る機会は少ないよね。もっと身近にカジュアルに感じられればおもしろいんじゃない?」
 彼から、テレビのセットとして花をいけてみないかとの誘いを受け、なかなかおもしろそう、と意気投合。テレビを通じていけばなのよさを伝えられれば…。とんとん拍子に話が進み、その10日後には、砧のスタジオに立っていました。担当したのは、歌のコーナー。その時のゲストが中島美嘉さんだったのです。
 曲は「WILL」。とても素敵な歌です。私は、舞台中央に紅葉したななかまどをいけ、秋の景色を表現しました。ななかまどの間からは、白とピンクのユリ、スカイブルーのデルフィニュームが顔を出します。また、高い天井から、アクリルの鏡を約30本吊り、そこに純白のカサブランカを飛ばしました。これは、歌詞とリンクさせ、煌く星たちをイメージしたもの。
 照明効果を狙って吊るした鏡ですが、テレビでどの程度映えるのか。それが唯一の心配事でしたが、照明さんはさすがにプロ。コンピュータ制御で刻々と変化する照明が鏡に反射し、色とりどりの光の中で花たちはいろんな表情を見せてくれました。光によって新たに生まれるいけばなの魅力。おかげで、それ以降、舞台を花で装飾する際には、照明効果を最優先に考えるようになりました。
 もう6年も前のことですが、中島美嘉さんは当時のことをよく覚えていて下さって、「私の歌を引き立ててくれた」と楽しそうにお話になっていたとのこと。演出を手がけたディレクターさんも、ディレクター冥利に尽きるととても嬉しそうでした。
 花をいけることで、多くの方々を喜んでもらえる。華道家というのは、素敵な仕事ですね。

0061_4

| | コメント (0)

2008年8月12日 (火)

自由学園明日館

 自由学園明日館に行ってきました。フランク・ロイド・ライトとその弟子遠藤新の設計による瀟洒な木造建築で、国の重要文化財にも指定されています。軒高を低く抑えて水平線を強調するデザインは、「プレーリーハウス(草原様式)」と呼ばれるライトの特徴。外光を上手に取り入れた明るい室内空間、照明のデザインなどディテールにも工夫を凝らし、見所いっぱいの建築でした。
 趣味の建築巡りが目的で見学に行ったのですが、そこで紹介されていた自由学園の教育理念にも共感しました。
 創立者の掲げた理念は、「生活即教育」。机上の学問だけでなく、一日24時間の生活すべてが教育であるという考えです。生徒たちが経験するのは、田植え、芋掘り、調理、配膳、片付け、掃除、芝刈り、豚や牛など家畜の世話、教室の机の制作…。そこで学ぶのはまさに生活そのものです。自分のことを自分でするからこそ、本当の意味での自立心を培うことができる。
 最近は、自分たちで教室の掃除さえしない学校があると聞きます。頭の中だけで実践が伴わない現代の教育には、そんな人間教育こそ、必要なのではないだろうか。ふと考えさせられたひと時でした。

| | コメント (0)

2008年8月11日 (月)

谷口キヨコさん

 「しまった!」 思わず、そう、つぶやいていました。
 先日、友人たちと中華料理を食べに行った時のこと。久々の再会を祝して乾杯し、早速「頂きます」と目の前にあったお箸を手に取った私たち。すると、友人の中の1人が、鞄の中から、すっと箸袋を出したのです。そう、そのお店で出されたお箸が、割り箸だったのです。先日エコのイベントで、マイ箸を頂いたのにも関わらず、「今日は割り箸ではないだろう」と油断して、家に置いてきてしまった私。マイ箸は、常に携帯していないと意味がないですね。
 その日、ただ1人、自分のお箸を持参していたのは、DJの谷口キヨコさん。「ほとんどのお店では使い終わった箸を嫌がらずに洗って下さるし、お店の方が褒めて下さることも多い」「持っていないと逆に気持ち悪いくらい」と言います。
 ちょうど翌日から家族旅行だったので、谷口さんを見習って、私も自分のお箸を肌身離さず持つように心がけました。旅行先では、割り箸を断って、必ず自分のお箸を使うようにしたのです。すると、たった二日間の旅行中に、すっかり癖になってしまいました。これは体感してはじめて、持っていないと気持ちが悪いという、彼女の気持ちがよく分かりました。だって、同じご飯でも、割り箸で頂くより、自分のお箸を使って頂く方が、格段に美味しく感じられるのですから。皆さんも、ぜひ一度お試し下さい。きっと癖になりますよ。

| | コメント (1)

2008年8月 8日 (金)

武田双雲さん

 清々しい人にお会いしました。書道家の武田双雲さん。背が大きく、あっけらかんとしていて、そこにいるだけで他人を元気にさせるような、まるで子供がそのまま大人になったような方です。自らの幼少時代を「楽しそうにスキップしているけれど、振り替えるとお花畑を踏んでいる」と評します。名刺代わりにと、半紙に大きく私の名前を書いて下さいました。
 彼は、ご自身の「繋」という書を手に、こんなエピソードを披露してくれました。自分の結婚式の時に、初めて両親のなれそめを知った。おやじがパチンコに負けた帰りに、かあちゃんとぶつかったのが結婚のきっかけだった。もし、おやじがパチンコに負けていなければ、今の自分はここにはいない。大きな繋がりの中に、今の自分が生かされているのだと悟った、と。
 繋がりというのは無理をして作り出すものではなく、自然とそこにあるもの。文化や環境を次世代に何とかして引き継がなくてはならない、と気負うのではなく、自分は抗うことのできない大きな命の連鎖の中にいることを知り、何事にもゆったりと取り組もうというメッセージを込めてこの字をお書きになったのでしょう。
 ゲームクリエーターや映像作家さんとのコラボレーションで、ご自分がその場でお書きになった字が、スクリーン上に映写され、さらにその字が自由に動き回り、炎に変化していく…。そんな前衛的な挑戦もなさっていると、楽しそうに話す双雲さん。
 来年のNHK大河ドラマ「天地人」の題字も手がけられておられる人気者ですから、ご多忙でいろいろとご苦労もあるでしょうが、それを微塵も感じさせません。きっと自らも楽しみながら仕事に打ち込んでおられるのでしょう。力強く前向きな生き方が、彼の言動に表れています。一方、ついつい「疲れた」と口にしてしまい、口癖は「しんどい」だと家族に言われてしまう私。彼の生き方を見習いたいものです。

| | コメント (1)

2008年8月 7日 (木)

びっくり!エコ100選

 昨日、新宿タカシヤマで開催されている「びっくり!エコ100選」というイベントのオープニングセレモニーに参加しました。京都大学が中心となって、エコに関する様々な試みを紹介するイベントです。
 例えば、「マイ箸」の製作者の方から、こんなお話を伺いました。国内産の割り箸は、間伐材や木材加工時に出る余材から作られているので、問題ないそうですが、日本で使われている割り箸の9割以上は、実は中国産。森林の減少が問題となっているのは、日本ではなく中国のようです。また、輸入されている割り箸には漂白剤や防腐剤が多く残留しているものがあり、人体への影響も懸念されると言います。過敏になりすぎるのもいけませんが、ちょっと恐ろしいですね。
 さて、温暖化に関しては諸説あり、中には自然要因の方が大きく人間が対処できるレベルではないという方もおられますが、いずれにせよ、無駄使いを肯定してはいけません。歯を磨いている間も水を流しっぱなしにする、部屋にいないのにクーラーをかけっぱなしにする。そんな無駄使いはやめたいもの。日本人は、根っからの「季節の達人」です。うちわ、夕涼み、風鈴、ガラスの器に浮かんだ白い睡蓮、「かき氷はじめました」の貼り紙…。それらを想像するだけで、ちょっぴり涼しくなりませんか。先人の知恵を生かして、涼しく夏を乗り切りたいものです。私は、最近水筒に好物のミルクティーを入れて持ち歩いています。冷たさや温かさが長時間持続するので、単にエコというだけではなく、とても合理的。かなり気に入っています。
 会場で、京都大学の尾池総長とも久々にご一緒したのですが、総長のこんなメッセージが耳に残りました。「今日は、原爆忌。環境に最も悪影響を及ぼすのは、戦争。戦争を無くすのが一番のエコだ」。まさに、おっしゃる通り。非常に明快ですね。
 来週、京都でも、「びっくり!エコ100選」が行われます。オープニングセレモニーは、8月14日(木)10:15~、京都タカシマヤ7階グランドホールにて。大鼓の大倉正之助さんとのコラボレーションで、いけばなパフォーマンスも披露します。ぜひご来場下さい。

| | コメント (2)

2008年8月 2日 (土)

命を扱う商売

 老舗のお寿司屋さんのご当主と久々にお会いしました。同じように、命を扱う仕事についているもの同士で意気投合、話に花が咲きました。
 彼は、大学卒業まで調理場に立たせてもらえなかったそうです。長い人生を考えれば、学生時代なんてほんの少し。どうせ死ぬまで調理場に立つことになるのだから、今は学生生活を満喫して、真っ白な状態で会社に入りなさい。それが、父親の方針だったのです。 
 私は、お寿司屋さんというと職人の世界で、幼いころから鍛えられたはずだと思い込んでいましたが、そうとは限らないのですね。
 何も知らないまま入社し、最初に与えられた課題は酢飯を作り方。ご飯と酢を混ぜるのですが、「まずはやってみなさい」と突き放す先輩。彼はなんとなく、しゃもじを斜めに構え、右から左へと横に滑らせて、ご飯を切るように混ぜます。これが大正解。間違った混ぜ方をするだろうと高をくくっていた先輩は、自然とできたことに唖然。
 老舗で育つというのは、こういうことなのかもしれません。たとえ調理場に立たなくても、幼いころからずっと良いものを目にしてきた。そんな環境で育つということは、ありがたいことですね。
 彼は、こんなこともおっしゃっていました。
 同じ鯖でも、使える鯖とそうでない鯖がある。
 水あげされるのは、必ずしも脂ののった鯖ではない。脂がのる前に釣り上げられた鯖は、お客様には出せない。でも使える鯖もそうでない鯖も等しくかけがえのない命。お客様には出せなくても、まかないとして大切に頂くのだ、と。
 いけばなでも全く同じ。たくさんの方にご覧頂く作品は、お花屋さんから届いた花材の中でよいものだけを選んでいけあげます。しかし、残った枝葉も同じように尊い命。すぐに捨ててはかわいそう。キッチンの片隅でも洗面所でもいい。家の中に飾って、その命の移ろいを大切に見届けたいものです。

| | コメント (0)

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »