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2008年10月

2008年10月29日 (水)

床の間の効用

 床の間って、ちょっと不思議な空間ですよね。四角い部屋の中に、一箇所だけくりぬかれたようなアルコーブがしつらえられている。日本建築の中で、いけばなに最も大きな影響を与えた空間がこの床の間です。
 床の間の役目は、季節を感じる装置。たとえば、1月なら神の依り代である松を飾ろう、2月梅、3月桃、4月桜、5月かきつばた、梅雨の6月はあじさい、祇園祭の7月は桧扇、8月蓮、重陽の9月は菊にしよう…などといった具合に、季節ごとに花を変え、また掛け軸を変える。床の間があったから、日本人は生活の中に季節を取り込む達人になったのですね。
 いけばなの技法の中にも、床の間に飾られたからこそ編み出されたものがあります。
 一番大きな特徴は、正面性。床の間は、後方と左右上下に壁面、つまり背景があります。ですから、基本的には正面からしか見られることがないのです。正面から見たときに美しく見えるように、様々な工夫がなされます。
 たとえば、いけばなでは、三方向を意識していけます。まずは、床の間に向かって座っている鑑賞者の方向(花の正面)。残りの二つは、鑑賞者の右肩の方向(花の正面から反時計回りに45度の方向)と鑑賞者の左肩の方向(花の正面から反時計回りに45度の方向)の方向。主たる花は、必ずこの三方向のいずれかに入れます。三方向を意識することで、立体的な花姿ができあがるのです。さて、皆さん、ここでお気づきでしょうか? この三方向はすべて前向き。横方向や後方はあまり気にしなくてよいのです。このデザインも、左右と後方が壁面である床の間にいけていたから、意識する必要がなかったのですね。
 また、いけばなでは、アシンメトリー(左右非対称)を意識しています。いけばなは、床の間をキャンバスにした絵画のようなもの。その絵が、単調なシンメトリー(左右対称)では、あまりに芸がない。そこで、ちょっとくずしたアシンメトリーが風情のあるものとして好まれたのです。床の間を背景としたアシンメトリーのいけばなは、まるで一枚の絵を見ているかのよう。いけばなは絵画的なのです。
 また、いけばなでは、花や葉を並べて花の絨緞のような面を作ることはしません。なぜなら、すでに床の間という面の要素があるのですから。いけばなの美しさは、省略の美。樹木をいける時も、花や葉のたくさんついた面の状態でいけるのではなく、重なりあった花や葉っぱを取り除き、その木が持つ枝ぶりを見せる。いけばなは引き算であり、線の芸術なのです。 
 今では、床の間は、無用の長物の代表であるかのように言われることもあるようですが、いけばなの優れた技法は、床の間があったからこそ編み出されたのです。

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2008年10月27日 (月)

京都新世代いけばな展2008

京都・大阪・神戸と、各地で諸流合同のいけばな展が続いています。現在は、京都府庁旧本館にて、京都新世代いけばな展2008(入場無料)を開催中です。重要文化財の建築といけばなとの出会いをぜひ、お楽しみ下さい。隆甫は、10/31(金)に会場におりますので(夕方頃まで)、ぜひお声がけ下さい。

【京都新世代いけばな展2008】

と き 2008年10月26日(日)~28日(火)、30日(木)~11月1日(土)
    10:00~20:00(11/1は18:00閉場)
ところ 京都府庁旧本館
出瓶者 通期 笹岡隆甫
     後期 全田陽甫

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2008年10月17日 (金)

アシンメトリーは日本独自のもの?

 ある講演会で、「日本人は不安定なアシンメトリー(左右非対称)を好む」という話題を出したところ、それに対して、こんなご意見を頂きました。
 「不安定のおもしろさは西洋人も知っている。また逆に、日本にも平等院鳳凰堂のようにシンメトリー(左右対称)の造形がある。西洋にシンメトリーが多いのは政治的な意図、つまり、国民の統制を取るために威圧的な左右対称の造形が必要だったからではないだろうか。そして、真に日本独自と言えるのは単なるアシンメトリーではなく、そこに時間経過という視点を導入している点ではないか」と。
 もちろん私がお話したのは一般的な傾向であって、おっしゃる通り例外もあります。しかし、このご指摘の鋭さは、最後の一文にあります。
 「時間経過という視点を導入する」とは、はたしてどういう意味なのでしょうか?
 日本人は、「すべてのものは、とどまることなく変わっていく」と考えてきました。そして、時間の移ろいを敏感に感じとってきたのです。実際、朝というほんの短い時間を、「あかつき」「しののめ」「あけぼの」「つとめて」などと、数々の美しい日本語で細かく区別して呼んでいます。
 日本のアシンメトリーのデザインは、実は、このように時間経過を鋭く捉える日本人の感性から生み出されたもの。庭木でも切り花でも、植物は、時間経過ともに枝や葉が成長し、数日経つと、その姿は全く違ったものになります。私たちが花をいける時は、このように植物の姿が変わっていくことを予め想定しています。
 もし、私がシンメトリーの整然としたデザインで花をいけたとしたら、植物が成長することでそのデザインはいびつになり、時間経過とともにその美しさが壊れてしまいます。ところが、アシンメトリーのデザインなら、予め不安定なのですから、植物が成長することで全体の調和が失われるどころか、時間経過とともにより深みのあるデザインになる。そう、日本独自のアシンメトリーの造形は、予め、時間経過を計算してデザインされているのです。
 さらに言えば、日本のデザインは、ある瞬間を切り取っても、そこに時間経過が内包されています。いけばなの伝書は、「つぼみがちにいけよ」と教えています。満開の花ばかりをいけたのでは趣がない。開ききった花だけでは風情がないので、つぼみを多く入れなさいというのです。ですから、いけばなでは、一つの作品の中で、つぼみも半開花も満開の花もご覧いただけます。つぼみが徐々にほころび満開を迎えるという植物の時間経過が、作品に内包されているのです。

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2008年10月16日 (木)

だらしない話し方

 大学で講演した際、ご担当の女性教員が、私の話し方を褒めて下さいました。
 笹岡先生の話し方は、優しく穏やかで、とても丁寧ですね。そして何よりも思いを伝えたいという気持ちがこもっている。教鞭をとる者として、私も見習いたい。私は、たくさんの学生に接して、こう思います。容姿の美しい学生は、確かに素敵だと感じる。でも、どれだけ容姿が優れていても、話し方がだらしないと、品がなく見えてしまう。それはとても残念なこと。人の印象は、話し方次第で大きく変わるのだ、と。
 褒めて頂いたのは素直に嬉しかったのですが、家族や気のおけない仲間の前でもきちんとした話し方ができているかと問われたら、私は、大きな声で「はい」と答えられません。
 私は、身近な人には、つい、「疲れた」「しんどい」などと愚痴をこぼしてしまいます。自分をいたわってほしいという甘えでしょうね。それが、いつのまにか口癖になっています。でも、どんなに親しい間柄でも、相手の不平や不満を聞いて喜ぶ人はいませんよ。「しんどい」「辛い」と言っている私は、きっとだらしない話し方をしているはず。
 さて、江戸時代のいけばなの伝書「未生流挿花表之巻」に挙げられている、いけばなのタブー「三十六ヶ条禁忌」の一つに、「両垂(りょうだれ)」という項目があります。両垂とは、両手を下げたように枝が下がっている状態のこと。左右の枝が下がった状態は、だらしないので取り除きなさいという教えです。
 普段の話し方は、両垂になっていないでしょか?
 話し方には、人となりが表われます。
 どんな時でもだらしない話し方をしないように、気をつけたいものですね。

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2008年10月 8日 (水)

京都支部花展御礼

 日曜日、未生流笹岡京都支部花展が無事終了しました。ご出瓶頂いた皆様、本当にお疲れ様でした。この京都支部花展は、未生流笹岡の数ある行事の中で、出瓶数も最も多く、準備もたいへんな行事です。今年も無事終了し、ほっとしています。
 京都新聞、KBS京都ラジオ、FM802、α-station、KBS京都テレビ、関西テレビ☆京都チャンネルなど各種媒体で告知して頂き、おかげさまでたくさんのお客様にお出まし頂きました。奥田幹夫元文部大臣、伊吹文明前財務大臣、前原誠司民主党副代表、福山哲郎参議院議員、DJの谷口キヨコさん、KBS京都の竹内弘一アナウンサーをはじめ、私がご一緒した皆さんも、会場の華やかさに元気をもらったとおっしゃって下さいました。足もとの悪い中、会場に足を運んで頂いた大勢の皆様、ありがとうございました。私たちも皆様に、元気づけられました。
 来年は、創流90周年行事のため、京都支部花展はお休みとなります。次回は再来年、どうぞよろしくお願いいたします。

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