床の間の効用
床の間って、ちょっと不思議な空間ですよね。四角い部屋の中に、一箇所だけくりぬかれたようなアルコーブがしつらえられている。日本建築の中で、いけばなに最も大きな影響を与えた空間がこの床の間です。
床の間の役目は、季節を感じる装置。たとえば、1月なら神の依り代である松を飾ろう、2月梅、3月桃、4月桜、5月かきつばた、梅雨の6月はあじさい、祇園祭の7月は桧扇、8月蓮、重陽の9月は菊にしよう…などといった具合に、季節ごとに花を変え、また掛け軸を変える。床の間があったから、日本人は生活の中に季節を取り込む達人になったのですね。
いけばなの技法の中にも、床の間に飾られたからこそ編み出されたものがあります。
一番大きな特徴は、正面性。床の間は、後方と左右上下に壁面、つまり背景があります。ですから、基本的には正面からしか見られることがないのです。正面から見たときに美しく見えるように、様々な工夫がなされます。
たとえば、いけばなでは、三方向を意識していけます。まずは、床の間に向かって座っている鑑賞者の方向(花の正面)。残りの二つは、鑑賞者の右肩の方向(花の正面から反時計回りに45度の方向)と鑑賞者の左肩の方向(花の正面から反時計回りに45度の方向)の方向。主たる花は、必ずこの三方向のいずれかに入れます。三方向を意識することで、立体的な花姿ができあがるのです。さて、皆さん、ここでお気づきでしょうか? この三方向はすべて前向き。横方向や後方はあまり気にしなくてよいのです。このデザインも、左右と後方が壁面である床の間にいけていたから、意識する必要がなかったのですね。
また、いけばなでは、アシンメトリー(左右非対称)を意識しています。いけばなは、床の間をキャンバスにした絵画のようなもの。その絵が、単調なシンメトリー(左右対称)では、あまりに芸がない。そこで、ちょっとくずしたアシンメトリーが風情のあるものとして好まれたのです。床の間を背景としたアシンメトリーのいけばなは、まるで一枚の絵を見ているかのよう。いけばなは絵画的なのです。
また、いけばなでは、花や葉を並べて花の絨緞のような面を作ることはしません。なぜなら、すでに床の間という面の要素があるのですから。いけばなの美しさは、省略の美。樹木をいける時も、花や葉のたくさんついた面の状態でいけるのではなく、重なりあった花や葉っぱを取り除き、その木が持つ枝ぶりを見せる。いけばなは引き算であり、線の芸術なのです。
今では、床の間は、無用の長物の代表であるかのように言われることもあるようですが、いけばなの優れた技法は、床の間があったからこそ編み出されたのです。



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