« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »

2008年11月

2008年11月29日 (土)

おめでとう

 茂山宗彦くんの結婚1周年記念パーティーに行ってきました。
 やんちゃな宗彦くんのことだから、普通の披露宴とは一味も二味も違うはず。はたして、何が飛び出すのやら、期待と不安が入り混じった、なんとも言えない気分で会場に向かいます。
 我々を出迎えてくれたのは、純白のウェディングドレスの新婦。そして、その隣には、なんとガンダムの登場人物、シャアに扮した新郎…。そう、会場は、宗彦色に染め上げられています。
 「ちりとてちん」で宗彦くんと共演なさっていた落語家の桂吉弥さんの乾杯でパーティーの幕開けです。司会は、弟の逸平くん。進行台本は一切無く、進行表の紙切れ一枚で司会を務めあげるのはさすがの一言。私のテーブルには、吉弥さんの他、日本舞踊の尾上青楓さん、佐々木酒造の佐々木晃さん(佐々木蔵之介さんの弟さん)、詩人のchoriくん。皆、同世代で、仕事や家庭の話で盛り上がります。 
 終始、賑やかで笑いの絶えない宗彦色のパーティーでしたが、何より、新婦から新郎への手紙の朗読が、私たちの胸を打ちました。子どもがそのまま大きくなったような天真爛漫な新郎を、時にはおだて、時にはなだめ、時には諭しながら、温かく包み込む新婦の姿が目に浮かぶよう…。会場が、優しい新婦の色に染め直され、私たちもそのぬくもりを分けてもらいました。
 しかし、この夫婦の関係性、なんだか、わが家もよく似ているような。
 最後は、従兄弟にあたる正邦さんと茂くんからのエールです。一門を束ねるお兄さん的な立場からお祝いの言葉をかける正邦さんに対し、感極まって言葉にならない茂くん。茂山家の皆は、人間味に溢れていて、傍から見ていても飽きません。二人の発声による恒例の「靱猿」でパーティーはお開き。「俵を重ねて面面に。楽しうなるこそ目出たけれ」。会場に響きわたる狂言師たちの声は、いつ聞いてもよいものですね。
 末永くお幸せに。Dscn1842

| | コメント (0)

2008年11月27日 (木)

子育ての手法

 先日の高田万由子さんとの対談で、子育ての話題で盛り上がりました。
 高田さんは、子どもの頃、「勉強しろ」と言われたことはなかったそうです。家に帰るとお母様がリビングで勉強なさっていて、その姿を見て、自分も横で勉強していたんですって。いやはや、「親の背中を見て子は育つ」のお手本みたいな家庭だったんですね。
 ただ、ご自身が親になると、そううまくは行かないようです。ご主人の葉加瀬太郎さんに、ご長女にバイオリンを習わせたいと話した時、「バイオリンを嫌いにだけはさせないで欲しい」と言われたそうです。それが、ついつい上手になってもらいたいという親心で、バイオリンを持って子どもを追いかけてしまう。だから、バイオリンのテクニックは一流でも、お世辞にも彼女はバイオリンを好きとは言ってくれないだろうな、と。
 一方、わが家では、勉強や礼儀作法に関しては厳しくしつけられました。テストは満点を取って当たり前、宿題を忘れるなんてとんでもない。いけばなを強制されたことは一度もありませんが、勉強はスパルタ式。私は、いわゆる優等生でした。ただ、子どもの頃の私は、面白味のない人間だったのかもしれません。
 それが中学に入ってからは、一転、放任に。中学入学以降、「勉強しろ」と言われたことは一度もありません。クラブに夢中になり、テストで赤点を取るような劣等生に。でも、人としては成長できた気がします。
 もちろん、小学校時代に勉強させられたことは無駄ではありませんでした。要点は声を出して覚える、同じ問題をとにかく繰り返して何度でも解く、といった勉強のコツを身につけていたこと。そして、やった分だけ点数が上がること、つまり、努力すれば報われることを知っていたことは、のちの大学受験で役に立ちます。
 最後に高田さんが、こう一言。
 「子どもが中学にあがったら、バイオリンを持って追いかけるのはやめようかしら」。

| | コメント (1)

2008年11月26日 (水)

浄瑠璃寺

 服飾評論家の市田ひろみさんと、紅葉の浄瑠璃寺にお参りしました。市田先生とご一緒するのは久々でしたが、相変わらずお元気でそのバイタリティにはいつも敬服します。ロケの合間には、未開の少数民族の村に伺われた際のエピソードや伝統文化に根ざした教育の必要性まで、いろんなお話を伺いました。
 さて、この浄瑠璃寺、10月に実施したあるアンケートによると、大原の三千院に続き、人気ランキング第2位だとか。住所は京都府ですが、奈良県との県境にあり、奈良経由でお見えになるお客さんの方が多いようです。決して便利な場所にあるわけではありませんが、平日にも関わらずたくさんのお客様で賑わっていました。お寺のすぐ横まで畑が広がり、参道脇には南天、ヤツデ、アセビなど。懐かしいような山里の風情が感じられます。
 お地蔵様が見守る山門をくぐると、そこは異世界。庭の中央にある宝池をはさんで、三重塔と本堂が東西に向かい合っています。東側の三重塔の前が現世で、西側の本堂が西方浄土を意味します。まさに極楽浄土をこの世に具現化しているのです。
 本堂は、建築史の教科書にも必ず載っている歴史的にも貴重な建築で、藤原時代に流行した九体阿弥陀堂の唯一の遺構。さて、本堂の中へ案内され、いよいよ九体の阿弥陀仏とのご対面です。それはまさに言葉を失うほとの美しさ。簡素な堂宇との対比で、金色燦然たる仏様が一層神々しく見えます。私たちは思わず手を合わせていました。
 この日、副住職から伺ったこんなお話が心に残っています。
 簡素な堂宇は、仏様を納める厨子なんです。昔は、本堂の中に人が入るというのは想定していませんでした。藤原貴族でさえ、本堂の中には入らなかった。本来は、池の対岸から本堂に納められた仏様を拝むのです。本堂の前面を開け放っても、対岸から直接中の仏様は見えません。池に映る仏様を拝むんです。また、昔は照明なんかなかったから夜に仏様さんは見られなかったけれど、今は電気があるから夜にも見ることがでます。こんなふうに今まで見られなかったものが見られるということは、言い方を変えれば、見なくてよかったものまで見えてしまうということ。現代人は、いろんなものを無理に見ようとし過ぎる。そんながんばらんでいい、と。
 電気のない生活はできないけれど、自然に逆らわず、あるがままに生きたる。そんな生き方を心がけたいものですね。
 なお、当日の模様は、2009年1月9日(金)20:00~20:43、NHK総合テレビ(関西ローカル)で放映予定です。

| | コメント (0)

2008年11月20日 (木)

素敵な授業

 想像してみましょう。ここは、山間の村にある小学校。その日は、朝から雪がちらつき、校庭は真っ白な雪で覆われていました。2時間目は、美術の授業。先生は、1学年15人全員を校庭に連れ出します。子どもたちの手には、バケツいっぱいの色水。そう、真っ白な雪をキャンバスにして、バケツの色水で絵を描こうというのです。子どもたちは、バケツをひっくり返して、校庭に大きな絵を描いていきます。なんて楽しそうな授業でしょう。
 この授業を体験した友人は、「その時のクラスメイトとは、大人になった今でも強い絆で結ばれている」と言います。私は、母校の小学校で、子どもたちにいけばなを教えていますが、ついつい型にはまったレッスンをしてしまいがち。今度は、想像力を働かせて、素敵な授業をしてみたいものです。

| | コメント (1)

2008年11月 9日 (日)

高田万由子さん

11/23(日)、京都南ロータリークラブ創立55周年記念フォーラムで、高田万由子さんと対談させて頂きます。いけばなパフォーマンスも披露しますので、是非ご覧下さい。

対談 『これからの生き方』
と き 2008年11月23日(日)13:30~15:30
ところ 京都リサーチパーク4号館地下1階
高田万由子(タレント)×笹岡隆甫(華道家)
入場無料(要申込)
問い合わせ 075-341-4610(京都南ロータリークラブ事務局)

http://rcks.gr.jp/55/index.html
http://rcks.gr.jp/55/img/newspaper.pdf

| | コメント (0)

2008年11月 7日 (金)

稽古場にて

 先週、京都の稽古場にて。お弟子さん同士の会話です。
 「へぇ~、神戸から京都まで毎週通ってるの?えらいわねぇ。」
 「いえ、慣れるとたいしたことないですよ。体調の悪い時なんかは、遠いしどうしようかなと思うこともありますけれど、力を振り絞ってお稽古に来て、お花と向き合っていたら、帰りにはもうケロッと治っているんですよ。」
 「お稽古の間は、集中しますもんね。お花以外は何も目に入らない。稽古仲間が教室にいらしていても、あら、来ていたの、気付かなかったわ、といった感じ。」
 「ええ、花が元気を分けてくれるんでしょうね。私にとって、お花のお稽古は癒しなんです。」
 「私も、お稽古の時間が好き。先生が、花の向きをちょっと変えるだけで、すごく綺麗に見えるでしょ。先生の手は魔法の手。私のおばあちゃんがよくこう言っていた。形式だけではなく、奥を読みなさいと。先生は、人も同じだと教えて下さっているの。例えば、嫌いな人がいるとしましょう。でも、先生が角度を変えると花が美しく輝き出すように、見る角度を変えれば、その人はとても素敵な人かもしれない。形式だけをなぞらえて学んだ気になっていたのでは、先生に対して失礼よ、と。」
 花の魅力は人によってさまざま。言葉では言い尽くせません。

| | コメント (0)

2008年11月 6日 (木)

伝統とは?

 昨日、京都大学主催のイベントで、能囃子といけばなのコラボレーションをさせていただきました。今回の舞台は、西園寺公望の別邸であった清風荘。優れた意匠の数寄屋建築で、庭園は小川治兵衛が手がけています。庭の木々もほんのり色づいて、秋の深まりが感じられます。私は、笛・小鼓・大鼓による「半蔀立花供養」序之舞に合わせて、紅葉の美しいナナカマドとススキやナデシコなどの秋草を、いけばなパフォーマンスで、いけあげました。
 ご一緒した能楽師の方が、伝統についてこんなお話をなさいました。
 伝統とは、先人たちの精進の蓄積です。だから、伝統を引き継ぐわれわれは、先人に対して責任がある。たとえ、私たちが力を抜いて適当な仕事をしていても、亡くなった方は何も言うことができない。そう思うと身が引き締まる。かえっていいかげんなことはできない。
 伝統を背負う責任をしっかりと心に刻み付けておられるんですね。同じ伝統を引き継ぐものとして、見習いたい心がけです。
 終演後、京都大学の留学生から、着物についている家紋についての質問が出ました。我が家の家紋は「丸に十の字」。円と十の字を組み合わせた紋で、薩摩島津氏の紋です。未生流笹岡を創流したのは曽祖父の笹岡竹甫ですが、その祖先は薩摩で剣術指南をしていたようです。紋を見ると、その家のルーツが分かるのですね。ちなみに、未生流笹岡の流紋は、源氏の紋である笹竜胆です。
 私たちは誰もが、家族という伝統の中に生きています。親から子へ、そして孫へ。車輪がまわるように、命はめぐり、次世代へとつながっていきます。親が、自分を犠牲にしてまで、子どもたちにたくさんのものを与えてくれるからこそ、家族のバトンは続いていく。亡くなった祖先に恥じないように、凛とした生き方をしたいものです。

| | コメント (0)

« 2008年10月 | トップページ | 2008年12月 »