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2009年1月

2009年1月29日 (木)

花の個性を際立たせる

 学生時代は、アート、ファッション、インテリアなど、前衛的なものに憧れる時期。建築学科に通っていた私も、例外ではありませんでした。現代アートの手法をいけばなに転用できないかと、ギャラリーを会場にして様々な実験的な試みをしました。
 例えば、波打った一枚のアクリル板を天井から吊るし、その前後で作品のイメージががらりと変わるアーティスティックな作品。ギャラリーの入口付近から見ると、一本の太く茶色い藤づるがアクリル板の隙間からのぞいているだけ。鑑賞者がギャラリーの奥、作品の裏側に回りこむと、そこには、伸びやかな藤づるの曲線と青々としたカエデの葉。生き生きとした植物が、私たちの目を楽しませてくれます。テーマは「光と影」。
 また、黒く塗った大小の矩形の木枠を天井から吊るした幾何学的な作品。様々な大きさの矩形が、高さや奥行きを変えて、一見バラバラに吊るされているようですが、実は、ある1点から見れば、全体が大きな矩形を形成するように計算されています。珊瑚をあしらい、谷渡りやレザーファンにカラフルな蘭の仲間を添え、深海を連想させて。 
 こういった挑戦的な作品は、現代アートのように、鑑賞者の目を引き、楽しませる魅力があります。ご覧になった方々の評判も上々。しかし、私の中には、少し違和感がありました。展覧会の期間中、毎日同じ作品を見ているとなんだか疲れてくるのです。作者の意図が強烈なのでインパクトはあるのですが、逆に言えば押し付けがましく感じられる。私が本当に見せたいのは、はたして何だったのだろう。そんな疑問が沸き起こってきました。
 今の私は、花を使って自分自身を表現しようとしている。でも、華道家の仕事は、はたしてこんなふうに自己表現することなのだろうか。いや、個性を前に出すのではなく、むしろ自分は一歩引いて、花が本来持っている美しさを引き立たせる役目に徹するべきではなかろうか。そう、思い至ったのです。 
 「いけばなとは、花の個性を際立たせること」。
 私のいけばな哲学は、こうして生まれました。

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2009年1月28日 (水)

興味をお持ちの方は多いのだから

 「いけばなの日は、視聴率いいんですよ」と、ディレクターさん。
 NHK総合テレビ「ぐるっと関西おひるまえ」(関西ローカル)で、月1回、いけばなのコーナーを担当しています。ちょうどこのブログを書き始めた頃からですので、もう1年以上が経つのですね。「家にちょっと花でも飾ってみようかな」という初心者の方向きに、自宅にある食器などを利用した気軽ないけばなを提案しています。
 思い返せば、初心者向きのいけばなをメディアで紹介するようになったきっかけは、2005年に1年間担当した、テレビ初のいけばな専門番組「笹岡隆甫の京花暦~華道・未生流笹岡の世界~」(CS京都チャンネル)でした。四季折々の家元行事を紹介したり、初心者の男性に稽古をつけたり。私が好きな京都のスポットや建築物を紹介し、その中の一箇所で花をいけるというコーナーでは、花枝をどのように器に固定するかといった専門的な技術もご覧いただきました。地上派(関西テレビ)でも何度か再放送され、深夜枠にも関わらず5%の視聴率を記録するなど、潜在的にいけばなに興味を持っている方が多いことを知りました。
 このように、視聴率にも表れるほど、いけばなに魅力を感じて下さっている方は多いのですが、華道教室に通うとなると、やはり敷居が高いようです。新しいことをはじめるのは勇気のいること。だから、いけばなの輪を広げるためには、興味をお持ちの方が入りやすいように、こちらからどんどん間口を広げていく必要があります。
 最近、私の周りの若い師範代の中に、ご家族やお友達などを対象に教室を開いて下さる方が少しずつ増えてきました。皆、仕事や家事で忙しい人ばかりですが、自分自身の勉強を兼ね、お弟子さんをとって下さっているのは、とても頼もしいことです。
 ただ、それでも、まだまだ若い先生は少ないのが現状です。私は、家元で勉強された師範代の皆さんに、「たとえ一人でも、月一回の稽古でもよいので、自分の周りの人々にいけばなの魅力を広げていってほしい」と、改めてお願いしています。自分の家族や友達が先生だったら、ちょっと習ってみようかなと思ってくださるかもしれません。いけばなを広げていく一番の力は、やはり「人」。
 せっかく多くの方がいけばなに興味を持ってくださっても、教授者がいなければ次世代へと繋がっていきません。創流90周年の節目の年を迎え、次世代を担う指導者を育てることが急務だと、責任の重さをひしひしと感じています。

 NHK総合(関西地区)「ぐるっと関西おひるまえ」11:30~11:54

 【出演予定日】
     http://www.kadou.net/news/index.php?act=dtl&id=18

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2009年1月15日 (木)

初いけ式御礼

 本年も500名以上の皆様にお集まりいただき、未生流笹岡の「初いけ式」を盛会のうちに終えることができました。お出ましいただいたご来賓ならびに門葉の皆々様、ありがとうございました。
 例年、1月の第2日曜日に開催している、この初いけ式。まずは、家元による初いけが披露されます。本年は、名誉目代の岡村竹材様にお作りいただいた色紙立てを兼ねた青竹の花器に、「丑」の一字を認めた色紙を飾り、梅のずわえ、千両、葉ぼたんをおいけになりました。真っ直ぐ伸びた梅の若枝は、ご参加いただいた皆様のますますの発展をお祈りして。また、千両の赤い実と富貴草の異名を持つ葉牡丹の白という、めでたい紅白の取り合わせで新春を祝います。
 続いて、各地区代表の師範代10名による初いけです。恒例により若松の生花を後見の先生方とともに舞台でいけあげ、金銀の水引を飾ります。家元の作品を囲んで青々とした若松が並ぶ姿は、いつ見ても気持ちのよいものです。
 初いけ式に続く第二部の新年会では、お食事をいただきながら、お待ちかねのビンゴゲーム。ご来賓の皆様には、いつもたくさんの景品をご提供いただき、心より感謝しております。人形や草履、着物など、うん十万円、うん万円のたくさんの賞品は、はたしてどなたの手に。また、京都府知事夫人、前原誠司衆議院議員、福山哲郎参議院議員、女優の星由里子さんをはじめ、ビンゴゲームをお手伝いいただいた皆様にも、改めてお礼を申し上げます。
 さて、創流90周年にあたる本年は、家元、副家元の当たり年でもあります。8月2日(日)の創流90周年花展に向け、未生流笹岡の新たな一年がはじまります。

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2009年1月10日 (土)

淡路島まで小旅行

 年末に、友人夫婦とともに1泊2日で、淡路島まで行ってきました。淡路島の東側を、北から南へと縦断する車での小旅行です。
 最初に訪れたのは、安藤忠雄さんによる「水御堂」。蓮池の下に潜ると、朱色が印象的なお堂が現れるという趣向のモダンな寺院建築です。廊下の天井にRをつけたりと、目立たない所にもこだわりが見られます。
 岩屋でお寿司を頂いた後、淡路夢舞台や世界平和大観音を横目に見ながら、国生み神話の伊弉諾(いざなぎ)、伊弉冉(いざなみ)の二神を祀る古社「伊弉諾神官」へ。お参りを終えた後、樹齢900年の「連理の楠」の前で、思わず足が止まります。二本の大木が寄り添う姿はもちろん、飛び上がると手が届きそうな高さまで枝先が下がる枝ぶりのおもしろさ、そして枝先にまで青々とした葉がつく姿が美しい。大きな木にみんなで抱きついて、力を分けてもらいました。
 宿泊は、洲本にある改装したてのホテル。ゆっくり温泉につかって、一年の疲れをとりました。翌朝、もう一度温泉につかってから、コアラに会いにイングランドの丘へ。普段はほとんど寝ているらしいので、餌の交換時間に合わせて行き、歩き回る姿をばっちり楽しむことができました。
 続いて、丹下健三さんによる「若人の広場」へ。瀬戸内海に面した小高い丘に建てられた戦没学徒の鎮魂の慰霊塔と記念館があります。大鳴戸橋を望む、とても美しい場所です。ただ、阪神・淡路大震災により大きな被害を受け、現在は人が訪れるのもまばら。これだけ景観のよい場所と名建築が放置されているのは残念です。
 最後に訪れたのは、「灘黒岩水仙郷」。急斜面を白い水仙が覆いつくしている様は、まさに圧巻。今から約180年前に付近の漁民が海岸に漂着した球根を植えたのが繁殖したと伝えられています。水仙の芳しい香りとともに、ちょっとした山登りを楽しみました。
 旅をすると、普段の生活とはちょっと違った気分を味わうことができます。旅行は、心と身体をリフレッシュできる素敵な機会ですね。建築と花を訪ねる楽しい二日間でした。

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2009年1月 9日 (金)

お茶事を楽しむ

 いつも家族ぐるみでお世話になっている名誉目代のご子息の皆様方と、年に一度集まって勉強会を開いています。昨夜は、老松の太田達さんが京都・大原古知谷にお持ちの「無心庵」にご招待くださり、お茶事を体験しました。まずは、安藤忠雄さんと三宅一生さんが○や□を描かれた楽しいお軸を拝見しながら、皆さんが集まるのを待ちます。
 さて、太田さんの案内で、いよいよお茶事のはじまりです。一番のご馳走は、その絶好のロケーション。東には川のせせらぎの向こうに栗林、その上には少し欠けた丸い大きな月が姿を見せています。ふと振り返ると、そこには宵の明星。旧街道を挟んで西に臨む山の稜線が綺麗に映し出され、あまりの美しさに思わず言葉を失いました。
 道具類も楽しいものばかり。何気なく飾られているのは、古今和歌集の断簡です。次に私たちの興味をひいたのは、村上隆さんの火入。古今の名品が私たちの目をを楽しませてくれます。
 さあ、露地行灯に導かれ、手燭で足もとを照らしながら腰掛に進みましょう。迎付では、亭主と正客が手燭の交換。そう、夜咄の風情です。「無心庵」の茶室は、黒谷さんの澱看席を写した道安囲い、お手前を耳で楽しむ趣向です。中立を省略して、床は諸飾。軸は後奈良天皇の筆跡で、茶花の代わりに石菖が飾られています。
 食事とお酒をいただいた後、客一同そろって箸を膳に落とし、濃茶、薄茶と続きます。最後にいただいたお薄では、本阿弥光悦の樂茶碗や徳川家康所蔵の茶碗といった、普段ガラスケースの中に陳列されているようなお道具でいただくという貴重な体験をさせていただきました。確かに、どんな名品であろうとも、ガラスケースにしまっておくだけでは、もったいない。道具は、実際に使うからこそ、その真価が見えてくるのでしょうね。
 茶室という空間に身を置くと、やはり背筋がしゃんと伸びて気持ちが改まります。でも、それでいて、ゆったりとした気持ちで自然の美しい景色や音、空気を楽しむことができる。とても素敵なひとときを過ごしました。

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2009年1月 7日 (水)

日本料理を支えるもの

 イタリアン、フレンチ、中華…。美味しい料理は数あれど、日本料理には敵いません。私自身、若い頃はもっぱら洋食派でしたが、最近は、何が食べたいかと聞かれると決まって「和食」と答えます。今や、日本料理の素晴らしさは、フレンチのシェフも認めるところです。
 さて、先日、京都吉兆の徳岡邦夫さんからお聞きした話ですが、フレンチのシェフが、日本で味わった刺身を自国で真似て実践したところ、食中毒が頻発したそうです。理由は、素材それ自体にありました。日本では、魚の絞め方や保存、運搬などの技術が優れているので、新鮮な魚が簡単に入手でき、自宅でも刺身で食べられます。ところが、海外では、そうは行きません。新鮮な魚を独自ルートで入手できるごく一部のトップシェフを除いては、海外で刺身を出すことはできないのです。日本が世界に誇る日本料理は、料理人だけでなく、たくさんの人たちに支えられているんですね。
 いけばなでも、日本料理と同じく、素材が大事です。「花が7割、人は3割」と言われるほど。日本では、花卉業界の方々がこちらの要望に応じた花材を手配してくださるので、私たちも思い描いた通りの花をいけることができますが、海外ではそうは行かない。開きすぎた花や葉つきの悪い枝しか入手できず、四苦八苦することもしばしば。いつも素敵な花材を手配してくださるからこそ、日本では美しいいけばなを楽しむことができるのだと、改めて教わりました。

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