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2009年2月

2009年2月26日 (木)

黒壁の街、長浜

 湖北、長浜に行ってきました。目的は、明治期の建築「慶雲館」で開催されている長浜盆梅展。樹齢400年の古木から、高さ3m近くある巨木まで、たくさんの梅が私たちを迎えてくれました。以前、このブログで書いた盆栽美術家のアドバイスにしたがって、立ち上がる幹の「老」と葉生の「若」を見比べながら、咲き誇る梅の香りを楽しみました。300鉢ある手持ちの盆梅の中から、梅の開花時期に合わせ、順に入れ替えて展示されるため、お好きな方は、期間中3回以上足を運ばれるんですって。
 再認識したのは、背景の重要性。同じような盆梅でも、背景がガラス戸やふすまの場合は、どうしても見劣りします。ガラス戸の向こうに見える景色やふすまの縁が気になって、視点が定まらず、盆梅に集中できないのです。それに比べて床の間の効果は、秀逸。特に盆梅が引き立っていたのは、淡桃色の床の間。その床の間を背景にした作品は、群を抜いて見事に際立っていました。いけばなでも、作品だけでなく、背景にもこだわらなくてはならないのだと改めて教わりました。
 さて、長浜の街には、盆梅展のほかにも、「長浜城」、日本最古の駅舎である「旧長浜駅舎」、伏見城の遺構と伝えられる「大通寺」など、見所がいっぱい。昼食は、雑誌に載っていたイタリアンで。中心街から少しはずれにある打ちっぱなしのコンクリートのモダンな建物で、美味しいパスタを堪能しました。
 中でも、私が特に感心したのは、「黒壁スクエア」と名付けられた一角です。江戸末期の町家をリノベした黒壁美術館(展示品の中では、エミール・ガレの鍔文花器が秀逸でした)や黒壁銀行の愛称で親しまれた黒塗りの明治建築をリノベした黒壁ガラス館を中心に、ガラス小物を扱ったのショップがたくさん並んでいます。私も思わず、ガラス花器を購入してしまいました。黒壁を残した統一感のある落ち着いた街並みとガラス芸術を前面に出したおしゃれな街づくりは、長浜の都市格の向上に貢献しています。黒壁の街づくりが成功し、今では、全国からたくさんの方が視察に訪れるそうです。
 盆梅展を目当てに行った長浜でしたが、たくさんの魅力に溢れる素敵な街でした。

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2009年2月20日 (金)

ピラティスの呼吸法

 いけばな教室で、ときに先生と生徒が入れ替わることがあります。
 私は内臓脂肪が多いようだと話していたら、ピラティスを教えているお弟子さんが、いつでも実践できる方法を教えてくれました。
 ピラティスで一番大事なのは呼吸法。もちろん、定期的に教室に通うのが一番よいのでしょうが、この呼吸法だけなら、いつでもどこでも即実践可能。だから、例えば移動中、歩きながらでも、ピラティスの呼吸法を心がけておれば、少しは内臓脂肪が燃焼できずはずだと言います。
 ピラティスの呼吸法はこうです。
 大事なのは、最初から最後まで、お腹を引っ込めておくこと。ヨガのような腹式呼吸ではないので、腹式呼吸ができない人でも大丈夫。とにかくお腹を凹めた状態で、鼻から息を吸って、口からハッーっと声を出して吐く。これだけです。
 息を吸うときは、胸を上下に開きがちですが、胸を左右に開く気持ちでゆっくり息を吸い込むのがポイント。胸を左右に開いて、肋骨と肋骨の間に空気を入れます。慣れてくると背中側にまで空気が入りこむのが自分で分かるそうです。逆に、吐く時はコルセットで絞めつけるように空気を絞り出します。
 皆さんも、ぜひ挑戦してみて下さい。

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2009年2月19日 (木)

いつまでも若々しく

 事故と言えば、自動車などの交通事故をイメージしますが、今や、家庭内事故死が、交通事故死を大きく上回っているそうです。飲酒運転の厳罰化によって交通事故死が右肩下がりで少なくなってきているのに対し、高齢者の家庭内での事故死が年々増えているのです。
 死因の上位は、お風呂などでの溺死と喉を詰まらせての窒息死。それぞれが、死因の3分の1を占めます。しかし、これらの事故は予防することができます。まず溺死ですが、介護保険を使ってお風呂に手すりを取り付けることで安全性が高まります。また窒息死に関しては、嚥下(えんげ)体操をすることによって予防できます。社会福祉法人の理事長さんに教えていただいた嚥下体操は以下の通り。
 ① ゆっくり首を回す。
 ② 腕を下げたままでよいので、肩をまわす。
 ③ 大きく口を開けて「あいう」と声を出す。
 ④ 舌を口から出して、思いっきり上にあげる。一度引っ込めて、次は下に。同様に、左、右と、舌の出し入れをする。
 高齢者の施設では、ご飯を食べる前に必ずこの体操をするそうです。
 いつまでも健康でいるためには、毎日の心がけが大事なんですね。
 先日、岐阜県の教室に、新しいお弟子さんが入門されました。「80の手習いなんですよ」と笑っておっしゃいますが、とても80歳には見えません。いつも背筋をしゃんと伸ばしておられ、私よりも姿勢がよい。お話をうかがってみると、彼女は、最近、いけばなだけでなく、シャンソンも始められたそうです。歌うことによって喉が鍛えられるので、前述の嚥下体操と同じ効果があるとのこと。いけばなでもシャンソンでも、新しいことを始めるのはとてもエネルギーがいることですが、新しいことを学び、いろんな人と交わると気持ちが若々しくなります。新しいことをはじめる姿勢が元気の秘訣なんでしょうね。
 いけばなの先生には、ご高齢でもお元気な方が多いんです。普段から鋏を持って細かい作業をすることで指先や頭が鍛えておられますし、花と触れ合うことで情操を養っておられるからかもしれませんが、やはり、花を通してたくさんの方と触れ合っておられるからでしょうね。花を通じてのお弟子さんや同門との出会いが、人生を豊かにしてくれるのです。

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2009年2月12日 (木)

iPhone花なび

ネットイン京都の高木治夫さんからのお知らせです。城南宮の神苑を案内付で拝観し、その後「iPhone花なび」を使い北野天満宮などの梅めぐりをお楽しみいただくツアーを開催されます。高木さんとは、数年前、目の不自由な方へのいけばな指導を開催してくださったのをご縁に、それ以来お世話になっています。ご興味ある方はぜひご参加下さい。
http://tabihatsu.jp/program/71989.html

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2009年2月 6日 (金)

京の名所といけばな

 PHPスペシャルで、「京蒔絵・花模様」という連載を担当しています。連載のテーマは、建築といけばな。毎月、京都の名所を取り上げ、そこにいけた作品をご紹介しています。
 2月は節分。京都の人が節分にお参りする壬生寺を舞台に、柊南天をいけた作品を紹介。壬生寺の境内で私が花を飾る空間に選んだのははたしてどこでしょう。
 3月はひなまつり。京都で女性ゆかりの名所というと、まず浮かぶのはねねの寺、高台寺さんです。この日のために若手の漆芸家にお作りいただいたおひなさまの器に唐桃をいけて、ひなまつりの思い出を語ります。
 ぜひご覧下さい。

http://www.kadou.net/news/index.php?act=dtl&id=16

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2009年2月 5日 (木)

場をつくる

 私は学生時代、日本建築史を専攻していました。日本建築の歴史を研究する研究室に所属していたのです。
 歴史の捉え方の一つに、発展史観という考え方があります。ダーウィンの進化論のように、歴史が未熟な段階から徐々に高度な段階へと発展していくという考え方です。歴史の流れを捉えやすく、何より明快で分かりやすい。だから、私たちはつい発展史観で歴史を語りがちです。
 しかし、物事は、実はそう単純ではありません。いけばなの歴史をひもといてみても、単に未熟なものから高度なものへと発展しているわけではないのです。黎明期を例にあげれば、神の宿る依代、先祖に供える仏前の花、鑑賞のためのさしばななど、いくつかのルーツが混在しています。このいろんな要素が相互に影響を与え合って、現在のいけばなができあがっているのです。単純な発展史観だけでは、歴史の全体像は捉えきれません。
 さて、先日、アートを通じて京都のブランド価値を高めていこうという研究会に参加しました。その折に、ギャラリーキュレーターの方がこんな問題提起をなさいました。
 アメリカの美術批評家グリーンバーグが提唱したモダニズムは崩壊した。芸術が、平面性を強調する方向に向かって純粋化され進化していく、という歴史観は覆された。人間を生物学的に捉えてみよう。人間は50兆個以上の細胞で構成されていて、その細胞の中身がすごい速さで入れ替わって生命を維持している。ミクロに見ると常に変化しているがマクロに見ると変化しない。この「動的平衡」という概念が、歴史にもあてはまるのではないだろうか、と。
 アートも、ある目的に向って発展していくという発展史観では語りきれないのですね。では、新しいアートを生み出すために、私たちはどこへ向かって進んでいけばよいのでしょう。彼はこんな試みを紹介してくれました。
 川俣正は、炭鉱でオブジェを作ってほしいと依頼されたが、椅子とテーブルだけを置いた。すると、そこには地元の人が集まり、次は何を作ろうと、話し合いをする場が生まれた。彼は場を作った。
 そう、アーティストたちが集う場を提供すれば、そこから自然発生的に新しい何かが生まれてくる。京都は小さな街ですから、今でも様々な文化の担い手が、それぞれに友達づきあいをしています。ただ、この友人同士の集いは個別にはあっても、なかなかつながりません。彼らが一堂に集う場を提供する。そんなネットワークづくりが、これからの京都のアートを盛り上げる一つの方策なのかもしれません。

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