« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009年3月

2009年3月26日 (木)

なぜ日本人は白銀比を好むのか?

 自然の出生を大事にするいけばなは、自然の縮尺です。
 例えば、開き具合の違うユリの花を異なる長さにととのえる際も、自然を教科書にします。自然の植物が根から吸い上げた水や養分は、道菅を伝って茎中を上っていきます。だから、まずは、根もとについているつぼみに、水や養分がまわってきて、根もとの花が先に開きます。この時点では、根もとからの距離が遠い枝先の花は、まだ硬いつぼみのまま。いけばなでは、この姿をお手本にして、開いた花を低く水際に、つぼみを高く上の方に配置します。

 さて、私が大学で専攻した建築は、いけばなとは異なり、一見、自然と相反する存在です。しかし、日本建築史を学び、改めて日本の古建築を訪ね歩いた学生時代、こう気付きました。西洋建築は、自然の脅威から身をまもるためのシェルターだが、日本建築は、自然の風景の一部である、と。
 西洋建築は、自然と対抗し、自然を拒絶するかのように、頑丈に堅固に建てられています。しかし、日本建築は、室内と自然を壁で断絶するのではなく、縁側でゆるやかにつないでいます。そしてその姿は、1本の樹木やなだらかな丘陵のように、自然の風景に溶け込んでいます。日本建築は、いけばなと同じく、自然の縮図としてデザインされているのです。

 とすれば、いけばなと建築には共通項があるはずです。学生時代の私は、日本文化に通底するデザインを探り始めました。そうして見つけたキーワードの一つが、白銀比です。

 白銀比とは、正方形の一辺と対角線の比率、1:√2。日本建築は、この白銀比に彩られています。現存する世界最古の木造建築である法隆寺を上空から見ると、廻廊の長方形の縦横比が、白銀比になっています。また、大工さんが使うL字型の金属製ものさし「曲尺(かねじゃく)」でも、表と裏の目盛りの比率は1:√2。裏の目盛りで、丸材の直径を測れば、丸材からとれる角材の最大幅が求められる便利な道具です。
 日本建築を彩るこの白銀比は、古来、いけばなでも用いられています。江戸時代に編み出された美の法則に、「直角二等辺三角形におさまるように花をいければ美しく見える」というものがあります。この直角二等辺三角形の短辺と長辺の比は、まさしく白銀比です。
 当時のいけばなの伝書では、天円地方という考え方に基づき、直角二等辺三角形は天地和合の形であるという哲学的な解説がなされていますが、なぜ日本人が直角二等辺三角形を美しいと感じるのかは示されていません。「直角二等辺三角形におさまるように花をいければ美しく見える」という美の法則は、現在まで、経験則として伝えられてきたのです。

 白銀比が日本人の感性に合う理由を、きちんと理詰めで説明したいと、私は考えました。
 白銀比の特徴を、図形を用いて考察してみましょう。白銀比を使った図形を思い浮かべて下さい。まずは、法隆寺の廻廊に見られる短辺と長辺の比率が1:√2の白銀長方形。コピー用紙の形です。もう一つは、いけばなに見られる直角二等辺三角形。白銀比に彩られたこの二つの図形は、ともに同じ特徴を持っています。さて、どんな特徴か想像つきますか? 実際に、白銀長方形であるコピー用紙と、正方形の折り紙を対角線で半分に切った直角二等辺三角形を用意して考えて見て下さい。
 用意した二つの図形を、ともに長辺の真ん中で、半分に折ってみます。あら不思議。いずれの図形でも、相似形ができあがります。こんな特徴を持った図形は、他にはありません。白銀比を使った図形の特徴は、何度半分に折っても同じ形、相似になるということ。白銀比を使った図形は、数学的な美しさを持っているのです。
 相似は、自然界にも見られます。例えば、シダの枝分かれ構造は、全体を大きく見ても、枝先の一部分だけを細かく見ても、同じような形状を示しています。20世紀後半、フラクタル幾何学やカオス理論といった現代数学の考え方によって、「自然界に自己相似がある」ことが理論的に裏付けられました。しかし、自然とともに生きてきた日本人は、フラクタルの概念が提唱されるずっと以前から、自然の相似性に気付いていたはずです。自然の持つ相似性を内に秘めた白銀比は、日本人にとってまさに理想であり、それをデザインにも生かしたのではないでしょうか。
 これが私の導き出した仮説です。

| | コメント (2)

2009年3月23日 (月)

宮本武蔵の「鷲の図」

 五重塔で有名な東寺。その境内の北端に、観智院という塔頭があります。
 この観智院の客殿の床の間に描かれた水墨画は、剣豪の宮本武蔵が描いたと伝えられています。草むらの獲物を狙う2羽の鷲が、それぞれ画の右上と左下に配置されており、いけばなと同じアシンメトリー(左右非対称)のデザインが見て取れます。左右の鷲の高さを変えて描き、変化に富んだデザインを演出しています。
 このブログでも何度かご紹介していますが、アシンメトリーは日本の美に共通のデザインのキーワード。武蔵の水墨画以外にも、観智院には、アシンメトリーのデザインが隠されています。
 例えば、床の間の配置。床の間の向かって左側に違い棚がしつらえられ、床の間は壁面全体の向かって右側に寄せられています。これも、アシンメトリーのデザインです。
 また、客殿の前に広がる庭に目を移してみましょう。空海が唐から帰郷する際、竜神の守護により難を逃れたとの故事にちなんで作られた枯山水庭園「五大の庭」です。庭の両端にはそれぞれ日本と大陸を象徴する築山、そしてその間には大海を表す白砂。大海の中には、遣唐船と竜神、鯱、亀、水鳥などを写実的に表現したユーモラスな石組みが浮かんでいます。この庭、客殿から見れば、向かって左側の築山は見えません。つまり、向かって右側の小高い築山と、その左側の平たい白砂だけが目に入ります。この庭は、客殿から見たときに、アシンメトリーになるように計算されているのですね。
 さて、この「鷲の図」、何も描かれていない余白の部分が画面のほとんどを占めるのも特徴の一つ。余白をしっかりと取っているからこそ、鋭い嘴や力強い羽といった生き生きとした鷲の姿が引き立っているのです。この「余白の美」は、アシンメトリーと同じく、いけばなの特徴でもあります。
 いけばなでは、隣り合う花がぶつからないよう、花と花の間に故意に空間を作ります。たくさんの花をぎっしり敷き詰めれば、確かに華やかに見えるかもしれません。その場さえ華やかであれば問題ないというのなら、それでもよいでしょう。でも、ぎっしりと敷き詰めたのでは、一つ一つの花の輪郭は見えません。 花の表情が見えないのです。
 いけばなでは、時間経過とともに移ろいゆく自然の美しさを楽しみます。今日の花と、明日の花は違う。花は、日々違う表情を見せてくれます。余白があるからこそ、1輪の花の姿が際立ち、毎日眺めても新たな発見があります。私たちは、移ろいゆく花の姿を楽しむために、あえて余白を残すのです。

| | コメント (0)

2009年3月21日 (土)

日伊の喜劇のコラボレーション

ミホプロジェクトの武智美保さんからのお知らせです。京都と東京で、日本で上演されている演劇の中で最も古い「狂言」とヨーロッパの演劇の源である「コンメディア・デラルテ」のコラボ公演をプロデュースなさっています。双方700年の歴史を持つ喜劇。ぜひご覧下さい。

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/yu-an1/

| | コメント (0)

2009年3月 4日 (水)

雛人形

 3月に入ると、家元の座敷には雛人形が飾られます。お内裏様とお雛様が仲良く並ぶと、普段は厳かな床の間が、ほんのり淡い春色に染まったようで、とても身近に感じられます。
 射し込む陽の光も穏やかになり、風や小鳥のさえずりにも春を感じます。掛けられたお軸は、妹が生まれた記念に大叔父が描いてくれた愛らしいお雛様の絵。そして花入には、今にも綻びそうな桃の蕾。
 バタバタした毎日を過ごしていると、曜日の感覚がなくなり、ついには今が何月かまでも忘れてしまいそうになります。でも、ふと桃の蕾に目をやると「もう季節は春か」と、ちょっぴりほっとするのです。
 じっと花を見つめていると、幼き日の自分の姿が目に浮かびます。「五人囃子ならこの人が好き」などと、みんなで仲良く白酒を飲み、雛あられを食べていた昼下がり。四季折々の花には、知らないうちに、いっぱいの思い出が詰まっているのですね。
 さて、この時期になると、東京と京都で雛人形の並べ方が違うという話が、よく話題にのぼります。皆さんは、その根拠をご存知ですか。
 東京では、女雛が男雛の左隣になるように配置します。これは、現在の国際儀礼に則ったもの。でも京都では、男雛が女雛の左隣。こちらは、陰陽思想という日本独自の考え方に基づいています。陰陽思想とは、奈良時代に唐から伝わった陰陽五行説が国風化されたものです。江戸時代の日本人は、この世の中は、陰と陽という二つの気が支配していると考えていました。
 「天子南面す」という言葉があり、天皇は、政を行うとき、南を向いて座ります。この時、天皇から見て左側にあたる東から太陽がのぼるのでそちらを上座、逆に日が沈む右側を下座としました。舞台の上手(かみて)・下手(しもて)で覚えれば分かりやすいですね。陰陽思想では、上手が陽、下手が陰となるのです。京都には、今もこの陰陽思想が根づいており、男性を立てて、上手側に配置します。
 このように、陰陽思想では、便宜上、万物を陰陽に振り分けて秩序付けます。ただ、注意しておかないといけないのは、陰陽思想は「優劣をつけるものではない」ということ。陰と陽という二つの気は、数学の-と+のように対立するものではありません。例えば、真夜中であれば、一見、陰の気が満ちているようです。でも、真夜中は完全な真っ暗闇ではない。そこには必ず朝の太陽の光の兆し、つまり陽の気が含まれているのです。そして、この陽の気が次第に顔を出してきて、夜明けを迎える。このように、空の移り変わりを鋭く捉えていたから、朝の表現一つにしても、「あかつき」「しののめ」「あけぼの」「つとめて」などと、数々の美しい日本語が生まれたのでしょう。西洋的な二元論で、世の中は割り切れません。すべてのものは、陰と陽、両方の性質を内に秘めている、と日本人は捉えたのです。
 段飾りを見れば、陰陽思想の名残りがたくさん見つかります。まずは、左近の桜、右近の橘。今から開く花を上手に、花が終わって実をつけた橘を下手に配置します。また、衛士は、上手に左大臣に見立てた老人、下手に右大臣に見立てた若人を配置します。さらに、五人囃子、上手側より「謡」「笛」「小鼓」「大鼓」「太鼓」と並べます。これは能のお囃子の並びにならったもので、音を奏でる位置が体のどの部分にあたるかを考えて、それが高いものを上手に持ってきます。謡は頭、続いて笛は口、小鼓は肩、大鼓はお腹、太鼓は足もとといった順です。
 この陰陽思想は、いけばなにも、様々な影響を与えています。そのお話は、また次の機会に。

| | コメント (3)

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »