独りよがりはいけない
NHK「課題授業ようこそ先輩」で、私が担当したのは母校の小学校6年生。1クラスを7つの班に分け、数人で一つの作品をいけあげてもらいました。ある班では、リーダー格の子が意見を出し、他の子はそれに素直に従うだけ。あまり自分の意見を主張しません。また別の班では、皆が自分の意見を主張し、まとまらず喧嘩になってしまいます。
そこで私は、こう提案しました。
自分の意見を持つことは大事だね。だから、まずは全員が、自分たちの意見を黒板に書いていこう。でも、自分の意見だけにこだわっていては、独りよがりになってしまう。次に、みんなで黒板に書いた意見を見て、話し合おう。自分の価値観をしっかり持ちつつ、他人の価値観を許容する器の広さを持ってほしい。みんなで意見を交換し合い、時には衝突し、時には助け合って、よりよいものを作り上げるんだ、と。
私にも、独りよがりになっていた苦い経験があります。
3歳からいけばなをはじめたので、私の身体にはいけばなの美の法則がしみこんでいます。先人が教えてくれる美の法則を知れば、誰でも名人の花がいけられます。学生時代には、自分の技術と審美眼に、根拠のない自信を持っていました。一方、大学では、建築を専攻しました。建築といけばなの二足のわらじを履きたい。漠然と、そう考えていたのです。しかし、今から思えば当時の私は甘かった。未熟でした。
建築を学ぶ中で、大きな発見がありました。日本建築には、「左右非対称」「白銀比」「天地人のデザイン」など、いけばなと共通する美が見られたのです。日本の美には共通点がある。ということは、この美の法則は、単に花を美しく見せる方法論ではなく、日本人の自然観や人生観を内包しているのではないだろうか。
例えば、左右非対称の美は、完璧な人間が理想なのではなく、ちょっと不完全な方が人間らしくて味わいがあるという日本人の考え方を象徴しています。人間には短所があるからこそ、他人の痛みが分かり、助け合い、補い合える。
建築という、いけばなとは一見無関係に思える分野を学ぶことで、私はいけばなの奥深さを再認識させられました。この発見が私のターニングポイントになりました。いけばなは片手間でやれる仕事ではないと悟り、大学院の博士課程を中退して、いけばなに専念することを決めました。
他者の意見を聞き、いろんな切り口を知ることで、われわれの見識は高まります。普段は全く係わりのない分野のエキスパートや、自分とは違った物の見方をする方のお話をうかがうことが、私自身の人生にとって大きな糧となるのです。
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コメント
「未生流」のお名前を偶然見つけ、読ませていただきました。10年ほど前に 未生のお花を習っていました。懐かしいです。
お話の内容、本当にその通りだと思います。
私も心がけ、研鑽を積みながら暮らしたいです。
良いお話をありがとうございます。
投稿: まきこ | 2009年5月29日 (金) 23時12分