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2010年7月

2010年7月29日 (木)

百花の教え

 8月2日、私の2冊目の単著となる『百花の教え』(ぶんか社)が発売されます。
 この本では、人間の一生を四季のうつろいになぞらえました。
 私たちの一生は、人生の準備期間である冬からはじまり、自然体で成長を続ける青春期=春、たくましく生きる壮年期=夏を経て、美しく色づく人生の秋を迎えます。
 春には春の、秋には秋の、花の魅力があります。もちろん花の種類によっても、そのいかし方は実にさまざま。本書でとりあげた四季折々の花の魅力とそのいかし方が、あなたの魅力をよりいっそう美しく開花させるヒントになれば幸いです。
 美しい装丁を手がけてくださったのは京都の老舗「伊と忠」さん。未生流笹岡の流派の花であるカキツバタをあしらった、品格があるやさしい紋様は、本書のために特別にデザインしてくださったものです。ファッションアイテムとして思わず持ち歩きたくなる、そんな可愛らしい本になりました。
 ぜひお読み下さい。

http://www.bunkasha.co.jp/book/b67051.html

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2010年7月27日 (火)

大阪支部花展御礼

 日曜日、未生流笹岡大阪支部花展が無事終了しました。ご出瓶頂いた皆様、お疲れ様でした。
 産経新聞、読売新聞など各種媒体で告知して頂き、おかげさまでたくさんのお客様にお出まし頂きました。天井の高い壮麗な近代建築の中で、天神祭当日の開催に因んだ舟と花火をイメージした大作をはじめ、涼感を呼ぶ夏の花たちを楽しんでいただきました。
 当日は、ハイヒールモモコさん、関西テレビの藤本景子アナウンサーもお祝いにかけつけていただき、会場が大いに盛り上がりました。猛暑の中、会場に足を運んで頂いた皆様に、改めて御礼申し上げます。
 続いての大きな流内行事は、10/10(日)に京都産業会館で開催される未生流笹岡京都支部花展。本年は、京都府とインドネシア・ジョグジャカルタ特別州の姉妹提携25周年にあたり、ジョグジャカルタ王室との交流プログラムの一環として、王女も未生流笹岡京都支部花展にご出瓶下さる予定です。お楽しみに。

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2010年7月21日 (水)

未生流笹岡大阪支部花展

7/25(日)10:30~17:00、中之島の大阪市中央公会堂3Fで、未生流笹岡大阪支部花展が開催されます。大阪支部のいけばな展は隔年で開催していますが、昨年は創流90周年記念花展があったため、3年ぶりの大阪支部花展となります。入場は無料。私も午前中は会場におります。大正時代のネオ・ルネッサンス様式の歴史的建築物の中で、涼しげな夏の花たちをお楽しみ下さい。

http://www.kadou.net/news/index.php?act=dtl&id=58

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2010年7月 7日 (水)

トルコ紀行 その6

5月30日(日)

 最終日。午前中に少しだけ観光へ。ガジアンテップ城周辺を散策し、旧家を寄付して作られたキッチン・ミュージアムでガジアンテップの人々の生活を知る。日曜日なので開いている店は多くはないが、バザールでザクロソースをお土産に購入。
 13:00、ホテルを出発し、この日のイベント会場である植物園へ。
 さすがにもうトラブルはないだろうと思っていたのが甘かった。花材置き場を確保するため、初日に依頼しておいたバックパネルがなく、急遽、暗幕をステージのバックに張ることに。また、花屋からはカスミソウがないという連絡。
 カスミソウの代わりに、ミニバラを使おう! バヌーさんに「最終日だから」と無理をお願いし、ミニバラを含め、3本のバラを園内で切らせてもらえることになった。
 16:00、開演。この日も邦楽とのコラボ。150名の観客が集まる。終了後、着替えの時間が充分確保できないかもしれないとのことで、邦楽メンバーは洋服での演奏となった。なんとか最終日の日程を終え、帰路へ。

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 20:40、ガジアンテップ空港発 TK2229便
 22:20、イスタンブール・アタチュルク空港着 
 23:50、イスタンブール・アタチュルク空港発 TK46便5月31日(月)

 16:55関西国際空港着。
 未生流笹岡大阪支部の先生方に出迎えを受ける。好物の「とん蝶」とお寿司、日本茶を差し入れてくださり、久々の和食に思わずかぶりつく。
 トラブル続きの1週間であったが、ガジアンテップの皆さんの親切に助けられて、なんとか文化交流の役目を果たすことができた。

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2010年7月 6日 (火)

トルコ紀行 その5

5月29日(土)

 イベント2日目。
 10:00、ホテル前に、花器と本日分の花材が届き、準備開始。残念ながら、ザクロは入手不可とのこと。この日は風が強く、一苦労。こなした花材の運搬にはスタッフがつくというのでまかせることにし、衣装の準備にかかる。
 12:45、ホテルを出発し、現地に向かう。時速100km超のスピードで飛ばして1時間半。ここでもなぜかスタッフは同行せず。同行してくれたのは市役所のジャンさん。しかし彼自身もイェセメックに行くのははじめてとのこと。
 現場は、ヒッタイトの遺跡。山の斜面に、ライオンや馬車、スフィンクスなどのレリーフが施された石が立ち並び、まさに壮観。しかし、山の谷間に位置するため、突風が吹き続け、やむことがない。この場所でのいけばなパフォーマンスは、かなりの難題。

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 先に出発し、遅れて届いた花材を見て、愕然とする。気温35度の炎天下で、トラックの荷台に幌もかけずに運ばれたらしく、傷んで使い物にならない。何とか使えそうなのは、カスミソウのみ。
 トラブル続出で、スタッフがいないという最悪の状況だが、周辺住民だけでなく、遠方からも大型バスで、観客がどんどん集まってきて、100名を超える勢い。マスコミだけでも10名以上。
 現地の期待になんとか答えたい。そこで、遺跡に生えている木を切りたいと、遺跡の管理人さんに申し出た。午前中に準備を終えていたため、手にしていたのは花ばさみ一丁のみ。ノコギリを貸してもらい、自生していたイチジクとキョウチクトウを切る。釘も金槌もワイヤーさえないので、突風で花材が飛ばされないよう、イチジクの枝で太い「配り木」を何本も作って花器に配し、しっかり固定できるように工夫。
 16:00、いけばなパフォーマンス開演。遺跡の入口を舞台に見立て、BGMは日本から持参したCD。花材は無事固定できたが、強風が一時もおさまらないため、イチジクの葉も私の髪もなびきっぱなしという、不本意な結果に。

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 それでも現地の人にとって、「花をいける」という行為自体が新鮮であったようで、終了後「Ryuho!」「Ryuho!」と現地の子どもたちのサイン責めに会う。

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 スタッフの情報収集と配慮の欠如に呆れ、「この状況ではきちんとした『いけばな』が見せられない」と何度も諦めそうになったが、管理人さんをはじめ現地の皆さんの献身的な協力と子ども達の嬉しそうな顔を目の当たりにして、そこに意味を見出せた気がした。
 能衣装の展示会場で開催される邦楽のコンサートを聴かせていただくため、急いでガジアンテップに戻る。19:00の開演まで少し時間があったので、近くのモスクをのぞこうと写真を撮っていると、道路を挟んだ向かいの民家の屋上から、子どもたちが「Hello!」「Hello!」と声をかけてくる。両親が身振りで説明してくれたが、どうやら「チャイをご馳走するから、こっちに上ってきて写真を撮れ」とのことらしい。開演時間が迫っていたので断わったが、人なつっこいガジアンテップ市民の親切に触れ、心があたたかくなった。

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2010年7月 5日 (月)

トルコ紀行 その4

5月28日(金)

 午前中は、ガジアンテップ市役所の担当者ジャンさんの案内で、市内観光。見どころはガジアンテップ近郊の遺跡ゼウグマ(Zeuguma)から出土した美しいモザイクのコレクションで知られる「考古学博物館」。こちらも続いて、565年に建てられたというガジアンテップ城と、その近くのガラスミュージアムにも。観光中に、桑の木や、ケシの花など、思わず植物に目が行く。オレンジ色のザクロの花が美しかったので、可能なら切らせてもらえるように日本トルコ交流協会に依頼。

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 昼過ぎ、能衣装の展示会場に立ち寄ると、テレビ局が待ち受けており、渡邉さんへのインタビューしたいとのこと。スタッフが現場を離れており、急遽、私が通訳をやらされるはめに。はじめての経験にしどろもどろに。何とかこなし、一旦ホテルに戻る。
 14:30、ホテルを出発、今日のいけばなパフォーマンス会場、バイヤズハンへ向かう。心配していた花器も、基本的には最初に選んだものを使えることになり、花材も無事届いていた。早速準備にとりかかることに。のこぎりで枝の長さをととのえ、日本から持参した釘・金槌・ワイヤー・配り木用の若松の枝などを駆使し、花枝が器の中に容易に固定できるようにととのえる。準備中、再び雨がぱらつき、またまた不安になる。再度ホテルに戻って、袴姿に着替える。
 19:30、「祭MATSURI」のオープニング・セレモニーがスタート。ガジアンテップ州知事、ガジアンテップ市長をはじめ、数百人の観客が中庭を埋め尽くし、テレビ・新聞・雑誌など、20名ほどの報道陣が舞台前に陣取る。
 心配していた雨も何とかあがり、まずは、琴と尺八の演奏。続いて、その演奏にあわせて、私がいけばなパフォーマンスを披露。その後、現地の有名人、ギュンセリ・加藤さんが、祇園祭の山鉾を題材にしたパフォーマンスアートを披露。

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 高齢の知識人からは「まずは、花枝の姿をきちんと観客に見せ、それからゆっくりといけこむ構成がよい」との評。若い男性からは「あなたの着ているKIMONOはどこで買えるの?」との質問を受ける。男性は、和服の値段の高さに驚いていた。
 遅めの夕食後の打ち合わせで、ようやく翌日のスケジュールが判明。翌日の会場であるイェセメック(Yesemek)はガジアンテップから1時間半以上かかるとのこと。ここでも、一悶着ありそうな予感。

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2010年7月 4日 (日)

トルコ紀行 その3

5月27日(木)

 早朝から、会場の下見と花材・花器の手配に奔走。

 まずは、最終日の会場でもある「植物園」へ向かう。車窓からは、市内のあちこちにショッキングピンクの「祭MATSURI」の看板や幟が立てられているのが見える。

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 植物園で、快く対応してくださったのは、園長のバヌーさん。まずは、チャイのもてなしを受ける。トルコでは、植物園自体が珍しく、この植物園も1年前にオープンしたところ。「日本庭園」や「禅の庭」と名付けられたゾーンもあるが、専門家の指導を受けたわけではなく、写真やインターネットの情報をもとに再現したものであり、残念ながら完全には理解されていないようである。
 花材として、植物園周辺の街路樹を使わせてもらえることに。現地の方の親切に助けられる。白い花をつけたキササゲの木とピンクのキョウチクトウを、28日~30日までの3日間毎朝切って届けてもらえることになった。キササゲは枝ぶりが重要なので、植物園前の公園を練るように歩き回り、3日分の枝を決め、それぞれに紐をくくって、印をつけておく。

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 街中に花屋が見当たらず、バヌーさんに紹介してもらうことに。しかし、その花屋でも在庫は数種類のみ。できるだけ長めのカスミソウを3日間、届けてもらうように依頼。
 現在のトルコでは切り花を楽しむ風習がそれほど一般的ではないようで、イスタンブールを含め、レストランやホテルで、いけられた花を目にすることはなかった。切り花がいけられたのを見たのは、お祝いの花輪のみ。
 
 昼食は、ラム。もともと羊肉は苦手だが、「食の都」、それも「ガジアンテップの誇り」と市民に親しまれている有名店だけあって美味。甘くない飲むヨーグルト、ナンとともにいただく。トマト・キュウリ・パセリの角切り野菜のサラダをオリーブオイルとザクロソースで味付けして食べるのが美味しい。また、パイにピスタチオをはさんだバクラバ(Baklava)はあっさりとしていて絶品。チャイとよく合う。食後、レストランの隣の店で、ピスタチオをお土産に買い、向かいの店で、かわいらしい革靴を発見。

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 続いて、イベント初日の会場となるバイヤズハン(BAYAZHAN)の下見。ハンとは、隊商宿のこと。業種ごとに泊まるハンが異なり、中庭で交易を行ったのだとか。バイヤズハンは中庭を囲むロの字型の建物で、二階建ての立派なもの。現在は、都市博物館として使われている。当日は、この中庭に舞台を設置するとのこと。

 花器を探しに、銅器店へ向かう。トルコの古い家では、食器として銅製品を使っており、銅器店が多い。最初にたずねたお店は、普段使いの食器が中心で、小さなものが中心。そこで、銅器屋さんの並んだ「COPPER CRAFTMEN'S ARCADE」へ。数点見て歩く中で、かなり大きな器を発見。これらは、実際に使うわけではないが、一般家庭でも装飾品として家庭に置くことがあるのだとか。表面に手作業で彫刻をするため、大きなものなら彫刻だけで数ヶ月かかることもあるようだ。
 一目見て気に入ったのは、私の背丈くらいの「水差し」。また、高さ50cmの脚の上に載った、直径150cmほどの「ふた付きお皿」を発見。そこで、ふただけ取って、テーブル代わりとし、その上に直径50cmの円筒形の「鍋」を置いて、もう1セットの花器ができあがり。花材と花器が決まって、ようやく一安心。

 18:00、「祭MATSURI」のイベントの一つ、トルコ人建築家が日本滞在中に撮影した写真の展覧会のオープニングレセプションに出席。

 レセプションの最中、バハルさんから呼び出しを受ける。理由ははっきりしないが、先ほど選んだ銅器を貸してもらえない可能性があるとのこと。そこで、再度「COPPER CRAFTMEN'S ARCADE」へ向かい、別案を探す。仕方なく、別案を選ぶが、「こちらはセカンドベストだから、できるだけ午後に選んだものを借りられるように努力してほしい」と依頼。

 21:00、一日遅れで東京からの使節団が到着するのを待って、顔合わせの夕食会。夕食会の会場は屋外であったが、雨に降られて一時避難。黒のジャケットを羽織っていたのだが、雨に濡れた部分が真っ白に。アイスランド火山の噴火による灰が今トルコにやってきているのだそう。
 いけばなパフォーマンスの会場は3箇所とも屋外だということで、雨天の対応を尋ねたところ「万一雨なら中止だが、雨は降らない」という楽観的な答え。不安が募る。どうやらスタッフは全員、イスタンブール在住で、ガジアンテップのことがよくわかっていない模様。それで、事前の返答もできなかったのかもしれない。
 いけばなと邦楽のコラボをしたいの要望を出し、内諾を得ていた琴チームと、最終打ち合わせ。琴と尺八のインプロヴィゼーション(即興)で、私のいけこみに合わせて下さることに。イベント初日と3日目には、琴と尺八とのコラボが実現することに決定。

 丸一日、走り回りさすがに疲れが出る。

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2010年7月 3日 (土)

トルコ紀行 その2

【紀行文】

5月24日(月)

 出発数ヶ月前から、日本トルコ交流協会を通じ、いけばなパフォーマンスの会場の状況と現地の花材についての情報を再三問い合わせるが、返答なし。得た情報は、市郊外でオリーブやピスタチオが栽培されていることと、植物園があるということ。花器に関しても「現地調達でお願いしたい」とのことだったので、「アンティークの机の上に陶器の壷を置いていけるのはどうだろうか」とのアイデアを投げかけ、探しておいていただくように依頼したが、こちらも明確な回答なし。会場・花器・花材、いずれも現地に行くまで詳細が分からないという状況で、不安を抱えながらの旅立ちとなる。
 未生流笹岡大阪支部より7名の先生が、空港まで見送りに来て下さった。先生方から激励を受け、いざ空路イスタンブールへ。

 22:30、関西国際空港発 TK47便

5月25日(火)

 5:35、イスタンブール・アタチュルク空港着
 
 時差は6時間。深夜便で機内で眠ることができ、13時間のフライトもそれほど気にならず。トルコ航空の機内誌「Skylife」に「祭MATSURI」の一面広告を発見。現地の期待の大きさに気が引き締まる。

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 今回のイベントを担当する企画会社「MARKA SOKAK(マルカソカク)」の出迎えのバスで、ホテルに向かう。宿泊したのはヨーロッパ側の旧市街に位置するCitadel Hotel。マルマラ海に面したホテルのオープンカフェで、対岸のアジア側を眺めながら優雅な朝食。セルフサービスで、煮出して作るチャイ(紅茶)をそのまま飲んで大失敗。濃い目にいれているので、お湯で薄めて飲むのだと、ホテルマンに教わる。
 観光地は、歩いて行ける距離。アヤ・ソフィア博物館、スルタンアフメット・ジャーミィ(ブルーモスク)、地下宮殿などをゆっくり散策。バラ、アジサイなど季節の花にあふれている。観光中、イスタンブールの市民に、「ガジアンテップはどんな街?」と尋ねると、即座に「食の都」との答えが返ってきた。「肉料理とお菓子は特に素晴らしい」と誰もが口を揃える。

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 イスタンブールへは2年半前にプライベートで訪れたことがあり、今回が2回目の訪問となった。前回は12月で曇空だったが、今回は快晴。世界遺産の建築郡が美しく映える。
 続いて、いけばなパフォーマンスに使う花器の下見を兼ね、少し離れたグランドバザールまでタクシーで移動。かなり大きな銅器を見つけ、ガジアンテップでも手に入るかを尋ねたところ、入手可能であるとのことで一安心。
 その後、金角湾にかけられたアタテュルク橋を渡り、新市街のレストランへ向かう。レストランからは、金角湾をはさんだ旧市街とボスポラス海峡をはさんだアジア側を望む絶好の立地。ガジアンテップは内陸部で魚が食べられないので、イスタンブールでは魚料理を食べておくことに。夜景を楽しみながら初日の夜を終える。

5月26日(水)

 午前、ホテルから徒歩で、トプカプ宮殿へ。チューリップや糸杉をあしらったイズミックタイルやステンドグラスが鮮やか。いずれもデザインはシンメトリー(左右対称)。

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 宮殿内の博物館では、ちょうど東京国立博物館の「日本の美5000年」展が開催中。縄文時代から江戸時代までの約5000年にわたる日本美術(国宝2件、重要文化財3件)が出品されていた。
 トプカプ宮殿周辺も、糸杉、泰山木、イチジク、ヤツデ、ウツギなど、自然豊か。昼食は、トプカプ宮殿内のレストランで、チキンのシシ・ケバブ(串焼き)。

 18:25、イスタンブール・アタチュルク空港発 TK2228便
 19:40、ガジアンテップ空港着

 アタチュルク空港で、マルカソカクの担当者バハルさんと合流。空路、ガジアンテップに向かす。現地に着いたとたん、宿泊先が、予定されていたDedeman HotelからPraza Hotelに変更になったと聞く。トラブルの予感。

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2010年7月 2日 (金)

トルコ紀行 その1

【トルコ ガジアンテップ 訪問の趣旨】

 西北部のイスタンブールを中心として発展を続けるトルコ共和国。イスタンブール近郊のブルサとともに急成長しているのが、シリアとの国境に近い南東部の都市ガジアンテップ(GAZIANTEP)である。

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 未生流笹岡では、2010年「トルコにおける日本年」にあたり、ガジアンテップ市を訪問し、現地でいけばなを紹介した。なお、今回の来訪は、日本トルコ交流協会を通じて、ガジアンテップ市からの招聘に応えたものである。

 トルコは親日国。1890年、オスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が和歌山県串本沖で遭難した際、住民たちが総出で救助と生存者の介抱に当たったことは、教科書にも載っているほど。また、その恩返しとして、1985年のイラン・イラク戦争時、自衛隊・日本航空機による救援を受けられずイランに取り残された日本人215名が、トルコ政府とトルコ航空機の協力によって救出されたことも知られている。

 ガジアンテップの人口は90万人弱。シルクロードの交通の要衝であり、オスマントルコの直轄地とされたため、概してアラブ的色彩が強いトルコ南東部の都市の中にあって、アラブの影響をあまり受けていない特異な都市である。トルコ南東部は、観光地化されていないため、日本人が訪れることはまれで、経済交流でさえほとんどない。もちろん、文化交流は今回がはじめてとなる。

 「祭MATSURI」と銘打った今回のイベントでは、いけばなの紹介をはじめ、能衣装の展示、邦楽の演奏などが行われた。未生流笹岡は、5月28日(金)・29日(土)・30日(日)と3日連続で、「いけばなパフォーマンス」を披露した。

【文化交流使節団メンバー】 (敬称略)

京都より

 いけばな:笹岡隆甫(未生流笹岡)、笹岡令奈甫(未生流笹岡)
 能衣装展示:渡邉健次(織成館)、渡邉さち子(織成館)
 講演:ヤマンラール水野美奈子(日本トルコ交流協会代表、龍谷大学大学院国際文化学研究科研究科長) 

東京より

 邦楽:福永千恵子(琴)、吉澤伸隆(琴)、菅原久仁義(尺八)
 講演:鈴木董(日本トルコ交流協会副代表、東京大学東洋文化研究所教授)、小柴はるみ(東海大学名誉教授)

【いけばなパフォーマンス】

 未生流笹岡では、伝統文化いけばなの新たな可能性として、舞台芸術としてのいけばなを追求し、1992年「いけばなパフォーマンス」を考案した。
 作品がいけあがっていく過程を舞台芸術として楽しんでもらおうと考案した未生流笹岡独自のデモンストレーションの方法。舞台で一から花をいけていくと時間がかかり観客が飽きてしまい、また、即興で花をいけあげると完成度が低くなる。そこで、前もって作品を一度完成させておき、舞台上では10分程度の短い時間でいけられるよう、入念にリハーサルを重ねる。
 音響や照明にも工夫を凝らし、舞台を演出する。1992年京都会館を皮切りに、1997年メキシコ外務省迎賓館、1999年ユネスコ本部(パリ)、2000年京都コンサートホール、2001年・2005年青連院門跡、2002年・2006年グァテマラ国家宮殿、2006年東寺など、国内外各地で多くの方にご覧頂いている。また、クラシック、邦楽、能、狂言、歌舞伎など異分野とのコラボレーションにも積極的に挑戦し、新たな芸術ジャンルの確立をめざしている。

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