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2010年12月

2010年12月13日 (月)

ジョクジャカルタ紀行 その5

1021日(木) 4日目

 800、ホテルを出発し王宮の観光(830930)。お昼の王宮は、また雰囲気が異なる。

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続いて、世界遺産ボロブドゥールへ(10451215)。底辺が一辺124mの正方形で、高さ42m。仏教遺跡最大にして最古の寺院と言われる。4層の方形の回廊の上に、3層の円壇のテラス、最上層は大きなストゥーパ。下から眺める姿も確かに壮麗で美しいが、何より頂上付近からの眺望が素晴らしい。一面の緑が広がり、心が洗われるようだ。

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 昼食は、チキンの専門店。パウリナさんに、左手は使わず、右手だけで食べるのが作法だと教わり、四苦八苦。

 最後に、お土産の買い物。ここまで抑えていた皆の買い物熱がヒートアップ。時間がなくなり、買いたい品をバスに持ち込み、店員さんもバスに乗り込み、バスの中で会計をしてもらうという珍しい一幕も。

 ホテルに戻ったのは1700。トランクをパッキングし、1730にはホテルを出発というタイトなスケジュール。観光で汗をかいているが、シャワーを浴びるのは至難の業。

 さよならディナーのレストランは、ジョクジャカルタで一番と評判のレストラン。時間がなくとも、しっかりと頬張り、空港のVIPラウンジから1955発の航空機に飛び乗る。デンパサール経由で、日本へ。

1022日(金) 5日目

 920、デンパサールでの出発が遅れたため約30分遅れで関西空港に到着。大阪支部役員の先生方による、おにぎりとお茶のお出迎えに一同感激。1000から仕事が入っているメンバーもおり、最後までバタバタした旅であったが、大きな事故もなく無事戻ることができたのが何より。

 グスティー・プンバユン王女やパウリナさんをはじめ現地の皆さんの親身なサポートのおかげで、いけばなの魅力を十二分に紹介することができたのは私たちにとっても大きな喜びであった。また、日本文化にも深い関心を示す一方、ガムランや王宮舞踊をはじめ、自国の文化を大事に継承する現地の皆さんの姿勢に共感を覚えた。私たちも自国の文化を誇りをもって次世代に伝えていこうという想いを新たにした。

最後はかなりの駆け足だったが、実りある、そして何より楽しい旅であった。

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ジョクジャカルタ紀行 その4

1020日(水) 3日目

 800着物姿で、ホテルを出発。「京都府-ジョクジャカルタ特別区友好提携25周年記念式典」に出席。市内の目抜き通りは車両通行止めとなり、神社の鳥居を模したモニュメントが作られている。

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 続いて図書館の京都コーナーのオープニングが行われる。隆甫を含めて7名は、一足早く、いけばな展の会場の手直しに向かう。昨日の暑さで花の保ちを心配していたが、簡易エアコンが効いたようで、ほとんどの花が元気な状態であった。弱っている葉を落とし、水落ちした花を数本替えるだけで済み、ほっと一息。

 1000、図書館経由の一行とナショナルミュージアムで合流し、山田知事ご夫妻、塩尻大使ご夫妻とともに「京都府-ジョクジャカルタ特別区友好提携25周年記念式典」に出席。ジョクジャカルタにも羽衣伝説があるそうで、羽衣をテーマにしたファッションショーあり、地元の幼稚園児による「大きな栗の木の下で」の合唱あり、居合いの披露ありと、2時間を越える盛りだくさんのセレモニー。たこ焼きの屋台も出ており、私もパクリと一口。式典の最後には、天女の羽衣をプレゼントしていただくという嬉しいサプライズも。

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式典が終わると、いよいよ、いけばな展もオープニングを迎える。会場は、来賓と現地の方々で溢れかえり、すごい熱気。カメラや携帯を片手にすべての作品を丁寧にご覧になっていたのが印象的だった。熱心な現地の新聞記者からは、いけばなの技法とその意味について厳しい質問が飛ぶ。

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 一旦ホテルに戻って普段着に着替え、1330ホテルを出発、遅めの昼食。1515レストランを出て、世界遺産のプランバナンの遺跡へ。ヒンドゥー教の遺跡で、中央に破壊の神であるシヴァ神、向かって右に守護神であるヴィシュヌ神、向かって左に4つの顔を持つブラフマー神をまつる三大聖堂が並び、それぞれの前に3神の乗り物となる牛、鷲、白鳥の像を安置する小ぶりな堂が並ぶ。中央のシヴァ堂は高さ47m。細やかな彫刻の美しさに圧倒される。

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 今夜は、王女私邸での歓迎ディナー。再びホテルに戻り、またまた着替え。疲れているから洋服でもよいと言われたけれど、集合時間には着物の方が多く、皆さんのバイタリティに感心。私の部屋には、王宮のユニフォームが届いており、ぜひ着てきてほしいという王女からのメッセージが。現地の方にとって王宮で働くことはたいへん栄誉なことだそうだ。

 1830、ホテルを出発。途中でバスを降りて馬車に乗り換え、王女私邸に向かう。2人乗りの馬車が15台用意されており、それが整然と縦に並んで進む様子は圧巻。警察のバイクに警護されながら、4kmの道のりをパレードすると、街の人々が手を振って下さり、まるで自分が王族になったかのよう。

 1930、王女私邸に到着すると、ジャスミンの首飾りでお出迎え。私の衣装の着こなしがおかしかったようで、王女自らに直していただく場面も。未生流笹岡からは、流派の花であるカキツバタの飾り扇子をプレゼントした。たまたま午前の式典で王女はハナショウブの浴衣をお召しになっておられ、話が盛り上がる。京都から持参した花器もすべてプレゼントする旨お伝えし、喜んでいただく。前日同様、ガムランの演奏の中での楽しい食事。ただ、前日とは違い3名による静かな演奏で、これがまた心地よい。未生流笹岡からの文化交流使節団メンバーの最高齢が82歳だということに、王女は大層驚かれていた。「お花の先生は皆、元気なんですよ」と自分のことのように自慢。「明朝は早起きしてぜひ王宮をゆっくりご覧になって下さい」と王女からのお誘いも。また、カランテンガの山への植樹に対して、王女から一人ひとりに感謝状を手渡していただいた。

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 2130、お開きとなり、一行はホテルに戻るが、私は一人居残り。午前に取材にいらしていた熱心な新聞記者が「聞き足りないことがあるので」と1時間前からお待ちになっていたとのことで、私の生い立ちからはじまり、いけばなを通して得た人生観や自然観まで、30分以上にわたるインタビューを受ける。

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ジョクジャカルタ紀行 その3

1019日(火) 2日目

 630モーニングコール。朝食をとり、800にホテルを出発。出発前に、ホテルのエントランスでムラピ山を背景に記念撮影。ジョクジャカルタは南緯733分~812分。赤道に近く、圧倒的な緑の中に、赤やピンクといった原色系統の花が目に付く。

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 まずは全員で、いけばな展会場となるナショナル・ミュージアムの下見。各自、花器と花材をチェック。足りないものを確認し、イモギリの村にある王室所有のカランテンガの山へ向かう。いけばなパフォーマンスに使う大ぶりの枝をはじめ足りない花材は、山で切らせてもらうことになっている。バス(30分)とバン(10分)を乗り継いで山へ向かう。道路脇には、大きな実をつけたマンゴやヤシなどのフルーツの木が並ぶ。色とりどりのキョウチクトウやジャカランダの花も美しい。

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カランテンガの山からは、インド洋を見渡すことができ、美しい景色が広がる。可愛らしい実をつけたカシューナッツをはじめ、大きな房を垂らしたバナナ、平べったい実をつけるケタパン、ピンクの花をつけたアナト(染色材料としても使われる)、チークの葉などを手分けしてノコギリやハサミで切る。葉裏に大量の蟻が集っていて、驚かされる場面も。それにしても暑い。常夏の国であるから学校に夏休みはない。その代わり、7時に始まって正午~午後1時には、学校が終わるとのこと。

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続いて、カシューナッツの苗木を植樹。全員が一本ずつ手に取り、しっかりと土に埋めていく。数年で大きく成長するそうだ。植樹中に雨が降り出し、急いでバンに戻る。

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1115、山を後にし、昼食を挟んで、いけばな展会場のナショナルミュージアムに戻る。先ほど山で採ったチークの葉に盛り付けて飾るため、芋とスネークフルーツをレストランから持ち帰る。

1330、いけこみ開始。2人一組で計12作品をいける。山からトラックとバンで運んでもらった花木は暑さのため、残念ながらほとんどが水落ちしている。輸送手段が発達している日本のありがたさを再認識する。なんとか元気な枝を探し出し、カシューナッツの枝の一部やなどを使うことにする。ナショナルミュージアムは現在リノベーション中で、エアコンが入っておらず、暑い中での作業となる。花の保ちが心配で尋ねると、明日までには組み立て式のエアコンを入れて下さるとのこと。

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 いけ込み会場には、王女ご自身も激励にいらしてくださり、一つひとつの作品の前で記念撮影に応じてくださった。

同時並行で、いけばなパフォーマンスのこなし。用意していただいた3点の金属製の壷から、アンティーク調で趣のあるものを選んで、馬車に載せる。底が丸いので据え付けが悪い。そこで、馬車の中に直径4cmくらいの丸石を敷きつめ、その上に壷を置くことで、安定をはかる。また、重い枝を入れても倒れないように、壷の中にも深さの1/3まで丸石を入れておく。

いけばなパフォーマンスの花材として想定していたアナトは完全に水落ちしており、使用不可。そこで、ナショナルミュージアムに隣接する小学校の校庭にあった高さ10mほどのオオバナサルスベリの枝を切らせてもらうことに。2mほどの横枝を45本切ってもらい、ノコギリを使って次々とこなしていく。

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 1530、いけ込みを終え、皆はホテルに戻る。汗を流し、着付けに取りかかる。隆甫は、パウリナさんと一緒に、再び王宮へ向かい、いけばなパフォーマンスの段取りを決める。王女から、王宮にある花器にもぜひ花を添えてほしいという突然の依頼があり、急遽もう1作品を追加でいけることに。急いでいけあげて、ホテルに戻り、袴姿に着替える。

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 2000、王宮での歓迎晩餐会。山田京都府知事ご夫妻、塩尻大使ご夫妻も同席。20名以上のガムランの演奏の中、食事を楽しむ。晩餐会の会場は、屋根はかかっているが、吹きさらしの大空間で、エアコンは入れようがない。夏物とはいえ着物姿ではやはり暑さはしのぎがたい。王宮舞踊の披露も。

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 2130、いけばなパフォーマンス開演。ゆったりしたガムランの演奏と美しい歌声に合わせて、アンティークの馬車に、オオバナサルスベリの枝をいけあげていく。大輪のユリとかすみ草を合わせると、一層あでやかに。

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 「ちょうど鐘の音に合わせてそれぞれの枝をいけ終わるのは計算しているの?ガムランとの息がぴったりでまるで魔法のよう」と列席者からは大絶賛。王女は、私の耳元で「馬車に合わせたその壷は、私の家の庭から掘り出された時代物なのよ」と教えてくださった。ずっとお世話下さったパウリナさんからは「大成功、素晴らしかった。あなたがgoodlookingbabyfaceだと皆驚いていた」。会場の盛り上がりも最高潮。

 2200過ぎ、楽しい夜は名残惜しいが、お開きに。

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ジョクジャカルタ紀行 その2

1018日(月) ジョクジャカルタ訪問初日

11:00大阪支部長をはじめ大阪支部役員の皆様に見送られて、関西空港を出発。日本から持参したのは、竹花器、朽木の花器、手付きの篭など花器計6点と、花材7種類(アオキ、柊南天、えんこう杉、はらん、あせび、むべ、アスパラガス)、剣山、吸水性スポンジなどの花留(はなどめ)、各種ワイヤー。ガルーダ航空で、デンパサール(バリ島)を経由し、19:05ジョクジャカルタ(ジャワ島)に到着。

インドネシアへの入国審査は、現地ではなく、関西空港からデンパサールに向かう航空機内で行うという画期的なシステムに驚かされる。ジョクジャカルタ空港VIPラウンジで、関西空港発24名、成田空港発5名の計29名全員が合流。全員にジャスミンの首飾りをプレゼントしていただく。ジャスミンの香りに包まれながら、軽食を取りつつ、翌日以降の行事予定を調整。翌日19日(火)夜、王宮での歓迎晩餐会でいけばなパフォーマンスを披露、翌々日20日(水)朝に、ナショナルミュージアムでいけばな展を開催することを確認。天候はあいにくの雨。雨季は10月~3月で、ちょうど雨季に入ったところ。

2100過ぎ宿泊先のハイアットリージェンシー・ジョクジャカルタへ。街の中心部からは少し北へ離れるが、周囲を緑に囲まれた自然豊かな空間。池の中では蓮や睡蓮が花を開き、ベチャ(人力車)を花器に見立てたフラワーアレンジメントも美しい。

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各自、部屋に入って休んでもらう。

隆甫は、京都から持参した花材をバケツにつけ、今回、世話役を勤めてくださった細尾真甫先生と二人で会場下見。2130、ホテルを出発し、夜の王宮へ向かう。

王室専属フローリストのパウリナさんに案内してもらう。まずは、いけばな展に使う花器と花材のチェック。いけばな展用の花器は予めパウリナさんからのメールで写真を見せてもらっていたので、ほぼ問題なし。用意していただいた10数点の中から、8点を選び、翌朝までにいけばな展会場となるナショナルミュージアムへ運んでいただくようお願いする。花材も前もってメールでお願いしていたものがほぼ揃っており、一安心。ジョクジャカルタには花店が10数店しかなく、ジョクジャカルタで入手できないものは、首都ジャカルタから輸送していただいたとのこと。

問題は、いけばなパフォーマンスの花器。前もってメールでのやり取りで準備をお願いしていた花器と花台を見てまわるが、適当なものが見つからない。そこで、王女私邸へ場所を移し、王女の私物であるアンティークの馬車を見せてもらうことに。お洒落でかつ重厚感のあるアンティークで、大きな枝が似合いそう。この馬車を花台に転用することにする。馬車自体がやや不安定であるので、重量がかかっても倒れないようにしっかり固定してもらうことと、この馬車に合う金属製の壷を探してもらうよう依頼。準備の都合上、これらも一旦、ナショナルミュージアムに運んでいただくようお願いする。

会場の下見を終え、ホテルに戻ったのは23300030就寝。

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ジョクジャカルタ紀行 その1

未生流笹岡ジョクジャカルタ文化交流使節団

10/1822、未生流笹岡より29名の代表者が文化交流使節団として、山田啓二京都府知事とともに、インドネシア共和国ジョクジャカルタ特別区を訪問、ナショナルミュージアムで「京都府-ジョクジャカルタ特別区友好提携25周年記念いけばな展」を開催した。また、王宮歓迎晩餐会では「いけばなパフォーマンス」も披露し、好評を博した。

ジョクジャカルタ特別区(特別州)

 インドネシア共和国ジャワ島中部南岸に位置し、肥沃な土壌を有する地。18世紀、ジョクジャカルタ王国が成立。名は「平和の町」を意味する。現在でも、インドネシアで唯一政府公認の王室があり、スルタン(王)が知事を務めている。ボロブドゥール、プランバナンという2つの世界遺産をはじめ、古い歴史と伝統を誇る。

京都府とジョクジャカルタ特別区は、同じ古都として伝統的な宮廷文化や歴史的遺産を数多く有するなど共通点が多く、1985716日友好提携を締結した。2010年は、京都府とインドネシア共和国ジョクジャカルタ特別区との友好提携25周年に当たる。

北にはムラピ火山、南へ向かうとインド洋。北へ行くほど標高が高くなるのも京都とよく似ている。街中にはベチャと呼ばれる人力車が数多く見られる。

1010日(日) 未生流笹岡京都支部展

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毎年秋に開催している「未生流笹岡 京都支部展」(出瓶者177名、作品数152点)だが、今回はジョクジャカルタのグスティ・プンバユン王女にもご出瓶いただき、友好提携25周年記念事業の一環として開催する運びとなった。会場前方のテーマ席では未生流笹岡の代表者が、『アジアの風』をテーマに、インドネシアをはじめ、中国、インド、ベトナム、ラオス、タイ、マレーシアなどアジア各国の器を用いた作品を添え、ジョクジャカルタへ、そしてアジアへと想いを馳せ、ご鑑賞いただく趣向である。また、王女の作品に隣には、王室専属フローリストのパウリナさんが、王室婚礼フラワーアレンジメントを展示、紹介して下さった。

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午前10時、山田啓二京都府知事、スルタンであるハメンク・ブオノ10世ジョクジャカルタ特別区知事のご臨席のもと、開会式を行う。笹岡隆甫次期家元、両知事のご挨拶に続き、王女によるいけ込みが披露される。神の依代として日本人が古来大切にしている松と、インドネシア原産の蘭、デンファレを合わせいけた作品は、日本とインドネシア、そして京都とジョクジャカルタの更なる友好を祈念したもの。両知事、次期家元、小幡嶺甫支部長によるテープカットで、開会式を締めくくった。

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午前11時、会場内のオープンスペースで、代表者4名によるいけばなパフォーマンス。ガムラン(銅鑼や鉄琴によるインドネシアの器楽合奏)BGMに、高さ150cmほどの大きなヤシを使い、インドネシアをイメージした作品をいけあげた。

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最も熱心にご覧になっていたのはスルタンで、2時間近くかけてゆっくりと会場をまわり、各作品を一つひとつ丁寧にご覧いただいた。スルタンは色の取り合わせに敏感で、配色についてのお尋ねが多く、紫は日月和合の色であり高貴な色とされているとご説明すると、たいへん興味深く耳を傾けてくださった。花を集めてマッス(塊)をつくるのではなく、葉を削ぎ落とし、枝ぶりを楽しむ省略の美。紅葉と言っても一色ではなく、緑、黄、赤と様々な色を内在し、そのグラデーションを楽しむ移ろいの美。いけばなの美に魅了され、10/20に予定されているジョクジャカルタでのいけばな展の成功に向けてしっかりサポートをするようにと、同行したジョクジャカルタ特別区の高官に声をかけておられたのが印象的である。

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また、王室専属フローリストのパウリナさんは、いけばなの美が近代建築の巨匠ミース・ファン・デル・ローエのデザイン論「レス・イズ・モア」(最小限の要素で豊かな空間を作る)に通じることに、たいへん関心を示してくださった。 

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2010年12月 4日 (土)

香港紀行

準備
 
 いけばなインターナショナル(II)香港チャプターより、クリスマスランチョンでのデモンストレーションを依頼され、未生流笹岡より14名の文化交流使節団を香港に派遣した。
 現地でいけあげる作品は、いけばなパフォーマンスの大作1点と、未生流笹岡の花型を紹介するための4作品に加えて、FoyerのWelcome flower。花型紹介用として、黄金ヒバ、椿、桐の蕾は、日本で手配。その他の花材は、香港のフラワーマーケットで入手することとした。
 「いけばなパフォーマンス」では、舞台栄えするよう、長さ2mを超える大ぶりの枝を用いることが多い。といっても2mの枝でよいというわけではなく、長めに切った枝の中から枝ぶりや花つき、葉つきのよい部分だけを厳選して使うため、3~4mほどの枝が4~5本必要となる。そこで、庭木か街路樹を切ることが可能かと、問い合わせてみた。残念ながら、返事はNO。香港では街路樹を切ると違反になり、また、土地の少ない香港では高層マンションが林立しほとんどの方が集合住宅に暮らすいるため庭はないとのこと。
 しかしその後、香港チャプターの名誉会員Mrs.Evans宅のアパートの裏庭が香港政庁所属の茂みになっているので、特別に切らせてただけるよう政府に申請して下さることになった。

11月30日 初日

 10:00関西空港発のCX503便で、香港に向かう。13:25(日本時間14:25)香港着。
 尼寺会長はじめII香港チャプターの役員が、空港で出迎えてくださり、そのままフラワーマーケットに直行。沿道には、硬貨にもその図柄が使われている香港の花、洋紫荊が赤紫色の美しい花を咲かせている。広大なフラワーマーケットには、たくさんの花屋が軒を連ねる。バラや菊、蘭をはじめ、カラー、アマリリス、リアトリス、デルフィニューム、トルコギキョウなどはもちろん、こでまり、雪柳、連翹、芍薬、桔梗に至るまで、実に豊富な品揃え。これらはほとんどが輸入物で季節を問わず入手でき、特にオランダからのものが多いそう。花物を中心に、各自が担当する作品の花材を次々と選んでいく。購入は本単位ではなく束単位のため、抱えきれないほどの量となる。いけばなパフォーマンスの花留として使用する直径4cm程度の丸石も大量に購入しておく。
 続いて、いけこみをさせていただく予定のMrs.Evans宅へ。丘の上の高級住宅街にあるアパートに到着。3Fのご自宅に上る階段の踊り場から、濃ピンクの美しい花を咲かせるブーゲンビリアが目に入る。「お疲れでしょうしまずは一服」と、ピザとフライドチキン、ハンドメイドのケーキをご馳走になる。Mrs.Evansは香港チャプターの創設者でもあり、エントランスの壁には、家元と同じ勲五等瑞宝章が掲げられていた。87歳にも関わらず今も現役で、毎年東京での花展にも出瓶なさるそう。
 たくさんの花器のコレクションの中から、メールでのやり取りで予め取り置いていただいていたものを中心に、花器を選定していく。
 いけばなパフォーマンスに、先ほど見つけたブーゲンビリアが使えるか尋ねたところ、お隣の敷地であるとのこと。そこで隣家にも許可をもらっていただき、OKをもらう。ところが、ブーゲンビリアの枝は、緑の葉をつけた高さ7mほどの大木に絡みつくように伸びており、かつ棘とがあるので、簡単には切れそうにない。庭師の方がその木に登ってノコギリで切った枝を、脚立に乗ったII役員の皆さんが受け取ってリレーをし、苦労して木の上から下ろしていただいた。4mほどに切っていただいた枝を、その場で2mほどに選定し、3Fのご自宅へ運びあげる。
 すべての花器と花材が揃い、いよいよいけ込み開始。II役員の皆さんが、水汲みから落とした枝の掃除、花の養いに至るまで、手際よくテキパキとお世話下さり、感服の至り。
 Mrs.Evansは「ブーゲンビリアは水揚げが心配だから」と、お風呂場まで提供してくださり、バスタブに水をいっぱいに張って、花ごと浸けてくださった。集中していけあげ、19:00に無事いけ込みは終了。
 宿泊は、九龍半島側で、ビクトリア湾に面したホテル日航香港。皆、疲れているかと思いきや、とても元気でホテルの周辺散策へ繰り出す。エビワンタン麺に舌鼓し、対岸の香港島の夜景を楽しむ。

12月1日 2日目

 着物で8:30にホテルを出発。
 会場は、会員制の社交場“HAPPY VALLEY CLUBHOUSE”。早速、リハーサルをはじめる。上面に大理石を張った楕円形のコーヒーテーブルに、朱色の大袱紗と鶴模様のアンティークの帯をあしらって、いけばなパフォーマンス用の花台を作る。心配していたブーゲンビリアの水揚げだが、II役員の皆さんの甲斐甲斐しい水揚げのおかげで、みずみずしい。弱っている葉を少し落として、BGMと照明をチェック。続いて、花型紹介の4作品の段取りを確認し、FoyerのWelcome flowerを残すのみ。ここでトラブル発生。Welcome flowerの花器が運搬中に壊れてしまったとのことで、急遽別の器を用意してもらうことに。結果としては、その新しい花器と、用意していたカラー・ヤツデとの相性がよく、素敵な作品となった。
 12:00本番スタート。会場が暗転し、いけばなパフォーマンスで幕開け。暗闇の中、ブーゲンビリアの濃ピンクの花が、スポットで浮かび上がる。幻想的なステージだったと評判は上々。続いて、舞台両脇のテーブルに、未生流笹岡の花型を紹介していく。2人一組で、黄金ヒバの生花(客位)、桐・菊の投入(直立態、客位)、アンスリューム・オンシジューム・ミリオクラダスの盛花(半傾斜態、主位)、椿・芍薬の投入(懸崖態、主位)をいけあげ、解説を加えていく。約一時間の出番を終え、クリスマスランチョンを楽しむ。メインは七面鳥。15:30閉会し、ホテルに戻って小休止。
 17:00出発で、夜景観光。香港島のビクトリア・ピーク(海抜396m)から望む、400m級のICCやIFCをはじめとした高層ビル群は圧巻。

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12月2日 3日目

 未生流笹岡の文化交流使節団としては珍しく、自由行動。引率は、39回目の香港訪問という土手先生。午前、道教の黄大仙寺院を参拝する。何事も経験と乗った香港の地下鉄は、駅の設備も新しく、清掃も行き届いている。地下鉄に限らず、ダストボックスも多く設置されていて、街の中は概して美しい。屋内はほとんどが禁煙だというが、混雑している街角での歩きタバコが多いのと、ダストボックスに併設された灰皿からタバコの煙がモクモクと漂うのは、やや残念。
 お昼は若者に人気のお洒落なお店で、小籠包をはじめ上海料理を満喫。タンタン麺。午後は香港定番の買い物ツアー。香港きっての繁華街Tsim Sha Tsuiを歩き尽くす。
 今夜はIIのご招待によるFarewell Dinner。伝統的なチャイニーズをご馳走になる。長老の先生が一つ一つの料理を解説しながら、率先して皆に取り分けてくださる。とてもあたたかくフレンドリーで心のこもったもてなしに我々一同も感激する。香港チャプターの皆さんの仲のよさは特筆すべき。われわれも見習いたいもの。

12月3日 4日目

 11:30チェックアウト。
 一行の慰労を兼ねて、最終日のランチは家元からのご招待。お店は、土手先生のご紹介で、ペニンシュラの向かいにある海の見えるレストランで飲茶料理。次から次へと出てくるお料理はいずれも素晴らしく、いずれも美味しい香港の料理の中でも秀逸。対岸の香港島の景色を眺めつつ紹興酒の杯を傾け、最後のマンゴプリンまですっかり満喫した。香港のご馳走は中華に限らず概して美味しいが、その分、どうしても食べ過ぎてしまう。油を落とすプーアル茶やウーロン茶が不可欠であることにも納得。
 16:35、尼寺会長にお見送りいただき、香港発CX502で帰国の途に。21:00関西空港着。

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