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2011年8月

2011年8月26日 (金)

陰翳礼讃

 唐長の修学院工房へお邪魔しました。部屋の隅々まで整理が行き届いています。仕事場を綺麗にしないと作業がはかどらない、とご当主がおっしゃっていましたが、掃除を苦手とする私にとっては身につまされる話です。
 「文化」「文政」などと墨書されている貴重な板木(はんぎ)を目の前に置いてご説明くださいます。絵の具をのせた板木に和紙をあてることを「刷る」とは呼ばず「押す」と呼ぶそうです。そっと紙をのせて、手のひらを添えるだけ。手の加減が勝負です。
 ちなみに、未生流が誕生したのが文化文政期。いけばなの場合、伝書は残されていますが、作品それ自体は残りません。当時の板木そのものに今でも触れることができるというのは羨ましいことです。当時、板木を彫った職人は、筆で文様を描くように、一筆書きのように深い彫りを入れたのだと言います。信じられない技術力ですね。
 唐長の唐紙は、なんといっても雲母(きら)の美しさが目をひきます。視点を少し変えると、文様が浮いたり沈んだり。電灯のなかった時代、日本人が今以上に陰翳に敏感であった時代には、どれほど人々の目をひきつけたことでしょう。 
 先日、能楽観世流シテ方の片山家ゆかりの品々を公開する能装束・能面展に寄せていただいた際に、片山九郎右衛門さんからよく似た話を聞いたのを思い出しました。江戸時代の装束に用いられている金糸や銀糸には微妙なねじれがあり、それが陰翳を作り出しているといるそうです。現在の技術で再現しようとしても、糸がまっすぐで単調になり、同じような陰翳が出ないのだとか。
 ほの暗い光の中で、陰翳を楽しむ。日本人の美意識はそうやって研ぎ澄まされてきたのですね。

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2011年8月17日 (水)

五山送り火

 夜空に浮かび上がる炎にそっと手を合わせ、先祖の霊を送る五山送り火。例年、京都の稽古場の屋上から、家族や友人たちと共に眺めています。今年は70名以上が集い、稽古場に入りきらないほどでしたが、懐かしい仲間との久々の再会はやはり嬉しいものです。「大」の字から視線を左にずらすと、大きな赤い月が稜線にかかっているのが、印象的でした。
 毎年、お出ましいただくゲストのために、家元の座敷を舞台に見立てて、迎え花をいけています。今回、主材に用いたのは、「霊(ひ)の木」とも言われるヒノキ。祖先の霊を送るのに相応しい花材です。ヒノキの枝ぶりを際立たせるため、壷から飛び出すように、やや長めにととのえました。太くて重い木ですから、作品が倒れないように、壷の中には大きな鉛の重しを入れています。
 添えいけたのは、送り火の光を連想させる黄金色の蘭(オンシジューム)。さらに、涼しさを強調するため、純白のユリ(カサブランカ)と、水しぶきのようなかすみ草を加えました。いずれも主役であるヒノキの枝ぶりを強調するため、やや短めにととのえています。

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