« 2013年12月 | トップページ | 2014年7月 »

2014年2月

2014年2月21日 (金)

【 未生流笹岡 スイス・ドイツ文化交流使節団 】

【 未生流笹岡 スイス・ドイツ文化交流使節団 】

 未生流笹岡では、在スイス日本国大使館および在フランクフルト日本国総領事館からの招聘により、スイス・ドイツ両国に、笹岡隆甫家元を団長とする文化交流使節団を派遣し、いけばなを紹介した。なお、本事業は国際交流基金の平成25(2013)年度文化芸術交流海外派遣助成プログラムとなっている。流派として海外に文化交流使節団を派遣するのは、笹岡隆甫が家元継承(2011年11月)後、初めてとなる。

【期間】 2014年2月5日~12日

【団員】 10名

(京都) 笹岡隆甫、山本智甫
(兵庫) 土居有美甫
(和歌山) 東真美甫
(東京) 安達昭甫、安達久美甫、吉田恭甫、冨田紀甫、川口志甫
(イスラエル) 林裕美甫

【次期家元時代の訪問国】

 1996年11月 オーストリア(ウィーン)
 1997年5月 メキシコ(外務省迎賓館)
 1999年3月 フランス(パリ、ユネスコ本部) 
 2002年8月 グァテマラ(国家宮殿)
 2003年3月 マレーシア(在コタ・キナバル日本国総領事館)
 2004年5月 タイ(いけばなインターナショナルバンコク支部30周年)
 2006年6月 グァテマラ(国家宮殿)再訪
 2009年8月 アメリカ(京都-ボストン姉妹都市提携50周年記念)
 2010年5月 トルコ(ガジアンテップ)
 2010年10月 インドネシア(京都府-ジョクジャカルタ特別区友好提携25周年)
 2010年12月 香港(いけばなインターナショナル香港支部)

【主な事業】

① スイス/ヌシャテル

ヌシャテル民族誌学博物館/約200名
「日本スイス国交樹立150周年記念式典」
150年前の条約締結の記念日に、政府関係者、学術関係者等招待客に対し、花手前を披露。
主催者/在スイス日本国大使館/ヌシャテル民族誌学博物館

② スイス/ザンクトガレン

ザンクトガレン観光博/メッセ来場者数は3日間で3万5千人
オルマ・メッセで行われる「ザンクトガレン観光博」。今年、日本がゲスト国として招待されており、そこで日本の文化・観光をアピールするため、花手前を披露。
主催者/在スイス日本国大使館/観光庁・日本政府観光局(JNTO)

③ ドイツ/フランクフルト

アンビエンテ・メッセ/メッセ来場者数は5日間で14万人
「アンビエンテ」閉会式。アンビエンテは、世界最大級の国際消費財見本市。今年は、日本がパートナーカントリーであるため、閉会式の冒頭で、花手前を披露。
主催者/在フランクフルト日本国総領事館

【紀行文】

2014年2月5日(スイス初日)

 未生流笹岡の文化交流使節団。2010年にトルコ、インドネシア、香港の3か国を訪問して以来、未生流笹岡としては4年ぶりの海外。今回は、東京・京都・兵庫・和歌山そしてイスラエルから、計10名で訪問。
 日本スイス国交樹立150周年を記念して、スイスではヌシャテル・ザンクトガレンの2都市、そしてドイツのフランクフルトにも立ち寄り、3都市で花手前を披露するというタイトなスケジュール。日本人の花への思いをしっかり伝えたい。 日本からは、竹花器と花材(三光松)、および「ハサミ各種、剣山、ペンチ、のこぎり、釘、かなづち、ワイヤー各種、テープ各種、釣糸」などの道具類を持参する。
 5日午前8時45分、関西国際空港集合。東京組と合流。副家元と京都支部・大阪支部の先生方の見送りを受けて。副家元からは交通神社のお守りと豆政のお菓子。青年部の先生が、日本・スイス・ドイツの小さな国旗を用意してくれていた。
 10:45、LH1196便。フランクフルト経由で、チューリッヒへ。フランクフルトまでは約12時間の空の旅。飛行機の窓からは、富士山が右手にはっきり見え、文化交流の旅にエールを送ってくれているかのようだ。フランクフルトで入国審査を済ませ、チューリッヒまでは国内線扱い。チューリッヒでは、ガイドのEgawaさんが出迎えてくれ、イスラエルから一足早く到着した先生とも無事合流。
 大使館が用意して下さった専用車は、牽引車付の貸切バス。高速道路を西へ約3時間。ヌシャテルに到着。スイスには、東のドイツ語圏、西のフランス語圏、南のイタリア語圏があり、ヌシャテルは、フランス語圏にあたる。ただ、ほとんどの地方で英語が通じる。
 午後9時、明日の会場となる民族誌学博物館へ。小笠原光紀書記官の出迎えを受ける。夜の博物館は、独特の雰囲気。博物館には、150年前の日本スイス修好通商条約の原本が展示されている。

11

 日本から持参した竹花器と花材(三光松)を搬入し、現地で準備していただいた花材を確認。花材については、メールで現地と写真のやり取りを重ね、数種類ご提案いただいた中から選んだもの。最終的に現地の華道教授が切って下さった“Hasel”(ハシバミ、ヘーゼルナッツの木)は、ねじれのあるひねくれた枝ぶりがおもしろい。いけばなは「花が7割、人が3割」と言われる。ハシバミの素晴らしい枝ぶりを見た瞬間に、スイスでの成功を確信した。ただ、ご用意いただいた花物は、まだつぼみがかたく、翌日には使えそうにない。明朝フローリストへ案内してもらうことに。急いで、ホテル(アルプス・エ・ラック)へ。9時半ラストオーダーとのことで、チェックインもそこそこにレストランへ案内される。在スイス日本国大使館(二階堂幸弘公使)と民族誌学博物館(Marc-Olivier Gonseth館長)共催のウェルカムディナー。スイス人は夜が早く、平均10時半頃に就寝するとのこと。部屋に戻ったのは午後11時(日本時間午前7時)。長い一日だった。

01

6日(スイス2日目)

 ヌシャテルは湖に面した丘にある小さな街。ホテルは湖を見下ろす高台にあり、眺めがよい。右手にモンブラン、左手にユングフラウ、メンヒ、アイガーを臨む。時差のため、ほとんどの皆が、モーニングコールを待たず、午前5時頃に目を覚ます。太陽が山の稜線を照らす景色が美しい。2月のスイスということで、防寒にはかなり気を使ったが、晴天にも恵まれ、意外と暖かい。例年なら雪におおわれているが、異常気象で今年は暖冬とのこと。嬉しい誤算だ。

02


 航空機内の乾燥で、家元が喉を傷め、心配した皆が、薬やのど飴、栄養ドリンクを差し入れ。ガイドさんからは、搾りたての温かいレモネードを。

Img_1136

 朝一番、駅前のフローリストへ。品ぞろえが豊富で、ピンクのオリエンタル・リリーとストレリチアを購入。続いて、美しい街並みが残る旧市街を散策しがてら、数軒のフローリストを巡るが、よい花材が見つからず、再び駅前で白のオリエンタル・リリーを買い足すことに。スイスは物価が高い。レストランも花材も、日本の約2倍。土地も高額で、中古のマンションでも1億円が普通。一戸建てに住むのは非常に困難。もちろん給料も高いが、生活は楽ではないという。

03


04

 博物館に入り、まずは日本から持参した竹花器を組み立てる。続いてハシバミの枝を、のこぎりとハサミで、切りととのえていく。ひねくれた太い部分を見せたいが、あまり長く入れると花器とのバランスが悪いため、苦心していけあげた。

05


 一段落して、遅めのランチ。教会・城のすぐ側にあるレストランで、湖で獲れた魚の料理。博物館にご招待いただく。お昼からワインも出るが、仕事が残っているため控えめに。すぐに博物館に戻って、出演者の動きの確認。午後3時、リハーサル。音源は日本から持参したCDだが、音と照明のタイミングを調整。いったん、ホテルに戻って、和装に着替える。

06

07

 午後5時、再び博物館入り。15分遅れで、「日本スイス国交樹立150周年記念式典」がスタート。我々の出番は、5時45分。150年前の条約締結の記念日に、政府関係者など招待客の前で、花手前を披露。無事、ステージを終え、ほっと一息。津軽三味線などのステージが10時過ぎまで続く。ヌシャテル料理のアペリティフと、大使館のコックによる寿司バーをはじめとした日本料理のレセプション。

08

09

10


 「伝統的ないけばなではなく、ステージでの花手前というのがおもしろい」と喜んで下さり、“Congratulations!”“Beautiful”などというあたたかい賞賛をお会いするほとんどのゲストからいただいた。また「日本人にとって花は様々なことを教えてくれる師匠だ」という家元のスピーチに対して「西洋人にはない考え方で非常に興味深かった」というご意見も多かった。当日の模様は、共同通信・時事通信などを通じて、日本各地にも配信された。
 終了後、竹花器と花材(三光松とハシバミ)を梱包して、ようやく本日の仕事は終了。結局、今夜も部屋に戻ったのは午後11時。

 共同通信 http://sankei.jp.msn.com/world/photos/140207/erp14020709140003-p2.htm

 時事通信 http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2014020700084&p=0140207at03&rel=pv

7日(スイス3日目)
 

 今朝は雨。ザンクトガレンへの移動日。前日、ゆっくりできる時間がなかったので、今朝は自由行動。昨日、旧市街で見つけたショコラティエなどを巡る。11時、ホテルを出発。
 貸切バスで、4時間以上かけて、スイスを西から東へ横断。言葉や文化や気質が、フランス語圏とドイツ語圏では異なるのがおもしろい。ヌシャテルの旧市街は黄土色の石の住宅が中心であるのに対し、ザンクトガレンの旧市街には可愛らしい木の住宅が多い。

12

 予め下見をしておいていただいた旧市街のフローリスト2軒へ。ザンクトガレンは、繊維業で栄えた町。最初は麻から始まり、綿・絹などを経て、現在では、パリコレやミラノコレクションに使われるような高級生地のみを扱う。花屋さんにも輸入物のよい花材が揃っていた。赤のオリエンタル・リリーや白椿を購入。
 続けて、明日の会場となるオルマ・メッセに向かう。青木勇司書記官の出迎えを受ける。花器・花材を搬入。2度目で皆、手馴れてきており、また、主役の枝物はヌシャテルと同じものを使えることもあり、2時間ほどで順調にいけこみを終える。
 夕食は、丘の上のレストランで、お酒のよく効いたチーズフォンデュや、甘いスイス風カレーを。ようやくゆっくりした一日を過ごせた。

13

 郊外には射撃場があるなど、銃を持つのは当たり前だが、スイス人の国民性は穏やかで、将来の夢を聞かれると「温かい家庭を持つこと」。経済的成功や地位、名誉を求めるのではない。

8日(スイス4日目)
 

 午前は自由行動。皆、早起きして、観光へ出かける。サンクトガレンの街を歩く買い物組。貸切バスで、牧歌的な街並みが残るアッペンツェルへ向かう移動組。ロープウェイで、山に登ると、そこは一面の銀世界。スイスらしい広大なパノラマを楽しみ、雪と戯れる。家元は咳がとまらないので、大事をとって、ホテルで留守番。

14

 お昼に会場入り。オルマ・メッセで行われる「ザンクトガレン観光博」。今年、日本がゲスト国として招待されており、そこで日本の文化・観光をアピールするのが我々の役割。
 サンドイッチをお腹に詰め込むと、早速リハーサル。舞台前の椅子席は、すでにお客様で埋まっており、衆人環視の中で行う。「本番は午後4時からなのでもう一度来て」とお願いする。ホテルで和装に着替えて、3時40分、再び会場入り。「2年間、チューリッヒに住んでいるので、お家元に会いに来ました」という、ノートルダム学院小学校の親子いけばな教室の受講者との嬉しい再会も。舞台に竹花器をセットし、4時の本番を待つ。用意した座席の倍以上の人々が集まり、大盛況。前田隆平大使ご夫妻もお見えになり、時間通りステージがスタート。立ち見の方々も、スピーチの一言ひとことに、しっかりと頷きながら最期まできちんと聴いていただいた。

15


 いったんホテルに戻って、着物を脱ぎ、再び会場入り。花器と花材を梱包して、明日のフランクフルトへの移動に備える。その足でレストランへ。スイス最後の夜は、前田大使主催歓迎夕食会にお招きいただく。午後6時半、夕食会がスタート。サラダ・メイン・デザートの3品で、4時間。サーブが遅いのはやはりヨーロッパ。大学の同級生同士という前田大使ご夫妻は、気さくで飾らないお人柄で、楽しいひと時だった。歯科医師でもある奥様の歯科医院が、未生流笹岡東京教室から徒歩3分であることも判明。今度教室に遊びに行きますと大使夫人。

9日(スイス5日目、ドイツ初日)

 ようやく時差に慣れて、しっかり睡眠がとれるようになった。
 午前中は、ザンクトガレンの市内観光。新市街の建築はユーゲントシュティル(アールヌーボー)が多い。旧市街は、出窓が特徴的な木の建築。木が貴重であったため、木組みの間を煉瓦で埋めたものが一般的。光を取り込むための出窓は富の象徴でもあり、現在も111の出窓があると言われる。どこをとっても街並みが美しく、ショコラティエもおしゃれ。世界遺産の大聖堂と修道院図書館は必見。隣には、新教の聖ロレンツォ教会があり、かつてはその境界に塀が巡らされていた。ミサの時間をずらしたり、一方がビールを提供すれば、他方はワインなどと信徒の争奪戦を繰り広げていたのだとか。

16


17

18

 14:30、LH1191便。空路、フランクフルトへ向かう。スイスとドイツの時差はなく、移動も国内線扱い。石原丈嗣副領事の出迎えを受け、まずは在フランクフルト日本国総領事館へ。ご用意いただいた花材を確認後、打ち合わせ。メールでお願いしていた松の枝は、実物を見ると、葉色が暗く、また葉と葉の間隔が間延びしており、スイスのハシバミと比べると見劣りする。そこで明朝は、男性陣は郊外へ枝物を、女性陣はフローリストに花物を、と二手に分かれれ行動することに。夕食は、総領事館(舟木良恵首席領事)から、駅前の中華にお招きいただいた。

10日(ドイツ2日日)

 午前7時半、枝物班はホテルを出発し、日本庭園デザイナーが所有するフランクフルト郊外の林へ。市内から高速道路で約30分。畑が続き、所々小さな村がある、のどかな風景。林には、柳・アセビ・ハシバミ・松・楓など様々な植物があった。曲線の美しい柳との2択で迷ったが、最終的に我々が選んだのは、葉が大きく面の強さがあるタイサンボク(泰山木)。

19


20

21


 花物班は、午前8時15分にホテル発。昨日の夕食前に通りかかった駅構内のフローリストに。ユリ・ストレリチア、そしてレンギョウを購入。海外のフローリストは、どの枝でも同じだと思っているようで、我々が枝を1本ずつ吟味して選ぶのを、怪訝に思ったようだ。総領事館に立ち寄って、予めご用意いただいていた花材をピックアップする。
 9時半頃、会場となるメッセで合流。フランクフルトのメッセは広大な敷地の中に、大きな会場がいくつもの連なり、頻繁に国際見本市が開催されている。総領事館は、メッセに隣接するタワービルの中にある。早速、花器を組み立て、2時間あまりかけて、いけあげた。
 そろそろ恋しくなってきた日本食のお弁当をいただき、いけこみの練習。皆、手馴れてきたため、徐々に枝数も増え、手順も複雑になっていく。
 一旦ホテルに戻って、つかの間の休息。和装に着替えて、午後4時会場へと向かう。4時半より、リハ―サル。照明や段取りの最終確認。リハ終了後、会場内を散策するが、エントランスで目についたアイスにかぶりつき、しばし休憩。会場内は、魅力的で多様な展示があふれている。アストン・マーチンのスポーツカーがあるかと思えば、ヘレンドやウェッジウッドの美しい食器が並んでいる。陶磁器の食器が多いが、ガラスの花器なども興味をひく。
 午後7時10分、「アンビエンテ」閉会式がスタート。アンビエンテは、世界最大級の国際消費財見本市。今年は、日本がパートナーカントリーであるため、閉会式の冒頭で、花手前を披露することになった。在ドイツ日本国大使館の中根猛大使にもたいへん喜んでいただいた。また在フランクフルトアメリカ総領事館のJeffrey M.Hill領事は、わざわざ家元のところにやってきて、「今日のイベントでいけばなが最もよかったです」と日本語で話しかけて下さった。

22

23

 午後8時半、閉会式が終わり、レセプションへ。すべての花手前をつつがなく終え、開放感に酔う。最後に、お世話になった大使館にプレゼントして帰るため、花器を梱包。竹花器が想像以上に好評で、在スイス日本国大使館と在フランクフルト日本国総領事館の両方からラブコール。結局、前田大使の奥様の願いが聞き入れられ、スイスが1年間続く150周年のイベントで使用することとなった。
 今夜も部屋に戻ったのは、午後11時半。連日のハードスケジュールにも拘わらず、皆、本当によく頑張った。イスラエルより参加の先生は早朝に発つため、皆とは今夜でお別れ。

11日(ドイツ3日目)

 午前中、チェックアウトを済ませ、市内観光。石原副領事にご案内いただく。神聖ローマ帝国皇帝の戴冠式が行われた大聖堂、祝宴が行われた旧市庁舎レーマー。ドイツの憲法制定のルーツとなったパウルス教会など、レーマー広場周辺に見どころが詰まっている。マイン川にかかるアイゼルナー橋から建設途中のヨーロッパ中央銀行新社屋を眺め、フランクフルトの中心でフランクフルトを食べる。

24


25

 空港で、ダメ押しのブレーツェル(プレッツェル)を。

26

 13:45、LH740便。約11時間かけて、関西国際空港へ。空港では、大阪支部および青年部の出迎えを受ける。差し入れのおにぎりが嬉しい。スケジュールはきわめてタイトであったが、いけばなの魅力をしっかり伝えることができ、意義深い文化交流の旅となった。

|

« 2013年12月 | トップページ | 2014年7月 »